一筋のチーム愛…ラソーダさんの姿にミスターを見た

清水満のスポーツ茶論
始球式を終え、スタンドのファンからおくられる声援に帽子を脱いでこたえる長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督=長嶋茂雄記念岩名球場(佐藤雄彦撮影)

 先週、テレビ中継でドジャースVSアストロズのワールドシリーズ(WS)を見ていたら、懐かしい顔があった。ド軍の本拠地、ドジャースタジアム。ド軍の名誉顧問であるトミー・ラソーダさん、御年90歳。青いTシャツを着ていた。

 「オレの体には“ドジャーブルーの血”が流れているんだ」

 こんな名言を持つ。現役での実績はないが、マイナー球団の指導者などを経験し、1977年から96年まで20年間もの長きにわたってド軍監督を務めたレジェンドである。地区優勝8度、リーグ優勝4度、WSは81、88年と2度制覇。他球団の誘いもあったが、ド軍一筋。だからこその名言である。

 そんなド軍は“ラソーダの勲章”である88年以来、29年ぶりの大舞台。ラソーダさんが、観客席最前列で野球小僧のようにはしゃぐ姿がほほえましい。

                 □   □

 日本にも“ラソーダ流”を口にする男がいる。巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さん、81歳。以前、こう話したことがある。

 「ラソーダのおっさんがそう言うなら、オレは体のどこを切っても“ジャイアンツの金太郎飴(あめ)”だな…」

 巨人一筋の人生を歩んでいるミスター。ラソーダさんとの親交は深い。

 現役4年目の61年、巨人はド軍のキャンプ地、米フロリダ州ベロビーチで春季キャンプを張った。当時ラソーダさんはマイナーの指導者だったが、意気投合したという。監督に就任したのもミスターが75年、ラソーダさんは77年とほぼ同時期だった。その後「俺たちは兄弟」(ラソーダさん)と会うたびに交わされた野球談議は熱かった。

 そういえば…。いまでも脳裏に残るシーンがある。

 36年前の81年、ラソーダ監督はヤンキースとのWSで初の世界一に輝いた。長嶋さんも現地で観戦。第1次政権の座を追われた“充電1年目”、小欄も同行取材したが、何度もラソーダ監督と密談する姿を見た。

 ミスターがうなる采配があった。

 ド軍の連敗で迎えた第3戦、先発した若きエース、バレンズエラは3回4失点と大乱調。するとド軍は四回から捕手をベテランのイエーガーから若手の当時22歳のソーシアに代えた。

 「普通なら投手を代えがちですが、ラソーダは自ら育てた捕手に代えた。普段から選手たちとコミュニケーションを取っているから有事に対処できる。おっさんのファインプレーだよ」

 エースは立ち直り、チームは逆転勝利。シリーズの流れを変えた采配だった。

 ちなみに、ソーシアとは現エンゼルスの監督で“知将”として知られる。

                 □   □

 12年間の充電を経て、ミスターは93年、監督の座に復帰した。「これまでいろいろ見聞きしたことの集大成にしたい」。96年には最大11・5差をひっくり返す“メーク・ドラマ”を完成させ、2000年には“ON対決”を制するなど数々の感動シーンを演出した。

 9年間で日本一2度を含む優勝3度。勝利への執念を見せながらも、選手と徹底的にコミュニケーションを取る。松井秀喜を主砲に育てあげ、阿部慎之助を1年目から捕手で起用し続けるなど、その後の原政権の栄光へつなげた。

 「オレは根っこからジャイアンツ…。ええ、ずっと野球小僧なんです」

 今年、プロ球界在籍60年目を迎えたミスター。ときおり東京ドームのネット裏で観戦する姿が、ラソーダさんとダブってみえた。