国際社会では強くて優しいクマが来てくれるとは限らない 教育投資は重要だが、内容を伴ってほしい 論説副委員長・沢辺隆雄

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 来年度から教科となる小学校の道徳の教科書に登場する話に、「橋の上のオオカミ」がある。私たち中高年世代にはあまりなじみがないが、近年の定番教材だという。

 丸太の橋の上で、オオカミが「俺が先だ」と反対側からきたウサギやキツネなど自分より弱い者を追い返す。だが次にきたのは大きなクマ。あわてて逆戻りしようとするオオカミを、クマは抱きあげて、通してやる。低学年用で、いじわるをせず、思いやりなどを学ぶ。

 この話には、あなたには勝てないと言いながらオオカミの足元を器用にくぐり抜けるサルが登場するバージョンもあるという。今回の選挙でいえば誰がどの役か。こうした寓話(ぐうわ)は大人にも考えさせられることが多い。

 「クマ」を出したのは、国や正義を守るためにも「力が必要」という国際社会の厳しい現実を教えよう、というわけではない。学校ではそういうことはあまり教えてくれない。

 衆院選を振り返っても、国を守るにはどうすればいいかの議論が、どこまで深まっただろうか。「憲法9条」さえあれば、平和は守られる、みんな仲良く-といった低学年のような考えになお、とらわれていないか。やさしいクマがいつも登場するとはかぎらない。選挙後、考えるべき課題は山積している。

 次代を担う人材投資に国はどう役割を果たすか。教育無償化など負担軽減策を各党がそろって掲げたが、それが教育の質向上につながるのか、なお考えるべきだ。幼児教育無償化にしても、無償化分を、お稽古事に投じる家庭との格差が、かえって広がらないかなど懸念がある。

 大学の授業料が高すぎるという声は多い。文部科学省のまとめで私立大の年間平均授業料は約86万円。30年前の私たちの世代のほぼ倍だ。大学側は少人数教育などに伴う経費増や施設改善などを理由に挙げるが、授業料分、教育内容が伴っているか、学生が勉強しているか疑問を感じる人は多いだろう。教育への十分な投資は必要だが、ザルに水を入れるようではお金がいくらあっても足りない。