論説委員・長辻象平 虎徹名人、今こそ出番ですぞ

日曜に書く

 今年のノーベル文学賞に選ばれた長崎市生まれの英国人作家、カズオ・イシグロさんが、決定直後の記者会見で語った言葉が印象的だった。

 「私の物の見方、芸術的な感性には日本が影響している」という発言だ。

 彼の言う「日本」とは、文化であり、歴史であり、そして自然風土であり、それらが織りなす知性までを含めた普遍的な共通理解のことだろう。

 そう私は解釈した。だが、日本に関するその思いは、知人のA君の発した一言で、大きく揺らいだのだ。

 ◆「半百」を迎えての挑戦

 「虎徹(こてつ)は、実在の人物なんですか」という、私への意表を突く質問によってである。

 40代半ばのA君は、全国紙の記者である。東京大学を卒業している。

 彼は私が書いた時代小説『半百(はんびゃく)の白刃(はくじん)』を読んで、面白かったと言ってくれたのだが、その際にふと漏らした言葉が実在の人物なのですかだったのだ。

 長曽祢(ながそね)虎徹(本名・長曽祢興里(おきさと))は、江戸期屈指の刀鍛冶である。

 「虎徹と鬼姫」の副題をつけた『半百の白刃』は、50歳のころ、故郷の越前国(現在の福井県)から江戸へ出て、刀鍛冶になった彼を、主人公にした小説だ。7月に講談社から上下2巻の文庫本で出版された。

 半百は100の半分で、50を意味する言葉である。それまでの彼は鎧(よろい)を作る甲冑(かっちゅう)師だったのだが、心に期するところがあって刀鍛冶に転じたのだ。虎徹自身が作刀銘に、その旨と半百の文字を刻んでいる。

 50歳は、当時の人の寿命である。その年齢になってはるばる江戸に移住し、しかも作刀は、一からの出発だった。それでいて当代一の名人となったのだから、すごい人物だ。

 鎌倉末期の正宗と並んで、虎徹は名刀中の名刀を意味する固有名詞ともなっている。

 ◆製造業の原点は日本刀

 現代日本は、各先進国に先駆けて高齢化社会に突入した。

 虎徹は高齢者に元気と自信を与える輝ける星である。その気概を見習いたいものだ。

 鉄が素材という共通点はあるものの、鎧と刀は異業種だ。当時の工芸技術は、徒弟制度の中で伝承されていた。容易に新規参入できる世界ではない。

 虎徹の刀は美的に傑出しているだけでなく抜群に切れた。

 太平の世の新刀が華美にのみ傾いていく中で、虎徹は研究を重ね、刀剣の「用と美」を見事に両立させたのだった。

 日本の製造業、ものづくりの原点は日本刀に遡(さかのぼ)る。鉄は温度により、加わる微量の元素によってさまざまに性質を変化させる。鉄が持つ最高の機能を鍛錬と焼き入れによって巧みに引き出し、刀としての姿を与えたのが虎徹の技なのだ。

 こうしたことを、多くの人に知ってもらいたくて『半百の白刃』を書いた次第だ。

 ◆時代・歴史小説の役割

 虎徹という実在の名人とその刀についての共通理解を前提として小説にしたのだが、先のA君の反応をみると、時代小説は時代の変化を考慮しなければならない時代に差しかかっているようだ。

 京都三条の池田屋で尊攘(そんじょう)派と斬り結んだ新選組局長の近藤勇が江戸への手紙で、隊士たちの刀はひどく傷んだのに「自分の刀は虎徹であるためか無事だった」と伝えたのは有名な話だが、これを知る世代は少数派になりつつあるらしい。

 「日本」そのものが体感する以上の速さで変質しつつある。テレビの新作時代劇が勢いを失ったことも、その前駆現象なのだろう。

 今年は、江戸時代を舞台に人々の細やかな人情や藩の権力争いに巻き込まれる武士の不条理などを描いて定評のあった藤沢周平さんの没後、20年に当たっている。司馬遼太郎さんは、その1年前の物故である。

 この両作家をはじめとする優れた時代・歴史小説の書き手が現代人の心の「日本」を涵養(かんよう)してきたのだと思う。

 最近、神戸製鋼所をはじめ、日本のものづくりの信頼性に影を落とす技術上の不祥事が相次ぎ起きている。かつての日本ではなかったことだ。日本の文化を貫く軸の劣化かもしれない。 刀匠は仕事の手を抜かなかった。抜けばただちに所有者の命にかかわるからである。

 末尾で、ささやかな牽強(けんきょう)付会をお許し願いたい。大先輩の司馬さんと私には共通点がある。誕生日が同じなのだ。(ながつじ しょうへい)