有権者に「惚れられない」政治家は不要 「風」ほど不確かなものはない

野口健の直球&曲球
野口健さん

 選挙が近づくと「投票に行こう」「関心を持とう」といった声をよく耳にするが、この国の難しいところは政治に関し積極的に発言をしたり、応援演説などを行うと周囲がサーっと引くこと。例えばテレビ番組の出演が取り消しになったり、スポンサー企業が離れていったりすることもある。

 アメリカの大統領選ではハリウッドスターやトップアスリートたちがどの候補者を応援するのか注目される。中には候補者の選挙公報ビデオに出演するスターたちの姿もある。

 確かにある政党なり候補者を応援するということは、時に意見の対立が生まれる。しかし、それは社会に対する関心があるからこそ。一番いけないのは「社会に対し無関心」なことだ。

 今まで何度か選挙の時に応援演説を行ってきたが、返り血も浴びる。ネットの掲示板では誹謗(ひぼう)中傷の言葉が並ぶし、仕事を失ったことも。どんなに強がってみても心の中では「痛いな~」と感じるものだ。それでも「日本にとって必要な人だ」という気持ちが勝れば応援演説などを行ってきた。惚(ほ)れなきゃ応援などできないのだ。

 選挙ほど人の生き様(ざま)が見えるイベントもない。何年も前、親しくしていたある議員さん。日頃勇ましい発言を繰り返していたのに選挙直前に自身の地盤を中心とした新党が立ち上がったら「これでは勝ち目はない」と血相を変えその新党に逃げ込んだ。その直後に始まった選挙では直前まで所属していた政党や仲間たちについて批判の嵐。その変わり身の早さに驚いた。

 「選挙は勝たなければ意味がない」と彼らはよく話す。しかし、選挙の度に右往左往する候補者の姿を見るのはもうウンザリ。選挙とは任期の間に行ってきたことへの有権者の審判でもある。

 直前になって新党を立ち上げたり他党に移ったりすれば、そのときの「風」によって勝てるかもしれない。しかし「風」ほど不確かなものはない。何よりもそのような候補者に「惚れる」ことができない。

 政治家には生き様を示してほしい。有権者に「惚れられない」人は政治家にならないほうがいい。この国のためにも。

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【プロフィル】野口健

 のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、幅広いジャンルで活躍。新刊は『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)。