西郷隆盛の南洲忌、140年の節目 いま「国難」に向き合っているか 論説委員長・石井聡

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 9月24日は西南戦争に敗れた西郷隆盛が自刃した南洲忌である。今年は140年の節目にあたり、来年は維新150年とあって、西郷の再評価を軸とした論考もよく目にする。

 その翌日に、安倍晋三首相が記者会見で「国難突破解散」を表明した。北朝鮮危機を踏まえて政治家の責任を問い、国民に認識の共有を求めたのだ。

 異例だが、核・ミサイルによる威嚇に屈しない民主主義国家の覚悟を示す意義は大きい。

 ところが、その後の展開をみると国難の克服策を競い合うレベルには到底及ばない。

 政権選択選挙という単語は飛びかった。だが、実質的には自民党政権に代わる明確な選択肢は見当たらない。

 「3極」と呼ばれる新たな勢力の組み合わせとその伸長に関心が集まる。

 北朝鮮の暴走を阻止するために、あらゆる手立てを尽くす必要がある。それには外交努力のみならず、相手に挑発を思いとどまらせる抑止力、攻撃力を具体的に論じねばならない。しかし、議論は深まらない。

 西郷の教えを集めた南洲遺訓に「戦の一字を恐れ、政府の本務を墜(お)としなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非(あら)ざるなり」とある。

 ここでは政府を政治家と読み替えてもよかろう。憲法や安全保障の議論を避けてきた、戦後政治の一面を言い当てているかのように読める。

 沖永良部に流刑された際に詠んだ漢詩「獄中感有り」は、こう結ばれている。

 生死何ぞ疑わん 天の付与なるを

 願わくば魂魄(こんぱく)を留(とど)めて皇城を護(まも)らん

 たとえ自分の身がどうなろうとも、この国を守り抜くため、魂だけは残しておきたい。今日的にいえばそういう意味といえるだろう。

 政権の継続や議員としての生き残りを追い求めることは、政治家の常として否定できるものではない。しかし、国家や国民を守ることを二の次にしたまま「国難」を問うというなら、あまりにもおこがましい。