震災がつないでくれるもの 論説委員・河村直哉

日曜に書く

 そのジャズバンドを知ったのは1年前。買い物に行った関西地方のスーパーの、オープンカフェだった。偶然の、無料のコンサート。

 立ち止まり、引き込まれ、最後まで聴いた。技といい歌心といい、無料なのが不思議なくらい、質の高い演奏だった。耳になじんだ日本の歌が交えられるのも、魅力だった。

 一角で売られていたCDを買い、折に触れ聴いてきた。

◆人柄にじむ音の輪

 今年も9日、同じスーパーで開かれた。

 OTONOWA(音の輪)という。米国在住の日系4人組。

 ドラムス、アキラ・タナさん。

 サックス、フルート、尺八、マサル・コガさん。

 ピアノ、アート・ヒラハラさん。

 ベース、ノリユキ・ケン・オカダさん。

 タナさんは60代の、他のメンバーは40代の、それぞれ半ばである。

 無料なのに、またしても極上の演奏。

 日本の歌とオリジナル曲で、2時間近く。「赤とんぼ」を情感たっぷりに奏でたかと思うと、「どんぐりころころ」は思い切り軽快な曲となる。

 筆者は今のジャズに詳しくはない。聞けばタナさん、あのサックスの巨匠、ソニー・ロリンズさんのツアーに参加したこともあるという。全員、相当な手だれである。

 けれども技術以上に魅力的なのは、心温まるその曲想だった。4人の人柄が音楽ににじみ出ているように感じられた。

◆東日本大震災が契機

 平成23年の東日本大震災が、バンド誕生のきっかけ。大震災を支援するアメリカでのイベントを機に結成された。

 東北に縁があったわけではない。「信じがたい悲劇だった。東北のために音楽で何かしたいと思った」。そう語るタナさん、目を細めると慈父のような表情になる。

 25年からは毎年来日し、被災地で演奏してきた。仮設の住宅で、商店街で。もちろん無料。地元の学生や音楽家との交流も重ねた。

 「アメリカにいて、遠くの安全なところから偉そうなことを言うのはむなしい感じがして、何もできなかった。何をしても偽善に感じられて。でも偽善だろうと何だろうと、やらないよりやったほうがいいと思った」。強くて、かつ歌心豊かなベースラインを刻むオカダさん。

 「東北に来て5年続けているうちに、人とのつながりも深まってきた。それが意味のあるものになっている」。こちらは、魂を込めるようにピアノを奏でるヒラハラさん。

◆風化にあらがって

 今年も被災各地を回った。縁があって昨年から関西のスーパーにも寄るようになった。

 日本でも、すでに東日本大震災の風化がいわれる。被災地から避難している生徒らへの、心ない「震災いじめ」も、各地で表面化した。

 今年訪ねた被災地沿岸の、広大すぎる空白を思い出す。6年たっても一面に更地や造成地が広がっている。復興には途方もない時間がかかる。

 そんな中で、アメリカから継続的に被災地を訪ねてくれる人たちがいる。なかなかできることではない。

 「支援とか、助けるとかではなくて、東北の人たちをすごく身近に感じるようになった。第二のふるさとみたいに感じている。支援とかを超えて、関係をずっと保って生き続けたい」。コガさんの言葉は、音色の通り優しくて力強い。

 9日のコンサートには、トランペッターの臺(だい)隆裕さん(22)も東京から合流した。

 岩手県大槌町の家は津波で流された。高1だった。家族は幸い無事だったが、身近な人を何人も亡くした。学校の先輩、近所の駄菓子店のおじさん。

 なのに、泣けなかった。ショックで感情がなくなった感じだった、という。

 音の輪が来た。トランペットを習っていた臺さんもステージに立つことになった。音楽は、率直に感情を出せた。

 「臺さんは自分も被災していながら、まわりの人が前に進めるような行動に出ている。尊敬します」(コガさん)

 9日、音の輪と臺さんが一緒に演奏した曲のひとつは-。

 「上を向いて歩こう」

 音の輪のみなさん、臺さん、スタッフのみなさん。お礼申し上げたい気持ちでいっぱいだ。(かわむら なおや)