怨霊でなかったお岩さん

ん!?

 夏の風物詩といえば。氷菓、プール、風鈴、スイカ、花火…いろいろ思いつくけど、怪談ってのも。

 東京都中央区新川に於岩稲荷田宮(おいわいなりたみや)神社というのがある。自宅から遠くないのでよく通りかかるのだが、ずっと四谷怪談のお岩さんとは結びつかずにいた。だって四谷でもないし。

 でもじつは四谷(新宿区左門町)にも於岩稲荷田宮神社があって、こことは「まったく同体の神社」なのだとか。どうして2つあるのかというと、それこそ怪談が縁だったという。

 社伝によると、もともとお岩さんは怨霊でも何でもない。江戸時代の初期、夫を献身的に支えた女性で、その美徳にあやかろうと、彼女の家の庭にあった社を「お岩稲荷」と呼んで信仰するようになったそうな。

 江戸後期になって、人気があったお岩稲荷の名前を拝借して書かれた歌舞伎「東海道四谷怪談」が大ヒット。役者が上演前に必ず参拝するようになり、一般の参拝者も増えた。その一方で「たたり」のイメージも広まったということらしい。

 明治になって四谷の社殿が火事で焼失したとき、初代市川左団次の依頼で芝居小屋に近かった新川へ移転した。新川の社殿も戦災で失われたが、戦後に2つとも復活して、いまに至る。

 いつも通り過ぎていた神社を初めて参拝。ビル街の隙間で敷地も小さいが、たたずまいがいい。掃き清められた参道をたどると、石造の鳥居、拝殿、石塔…。緑濃く、すがすがしい空間で、勝手にお岩さんに抱いていたダークなイメージも一新。怨霊は心の中にあり、ですね。

 書き置きの小さな御朱印に、いろいろな言葉が墨で記されている。何げなく手に取った1枚には〈根をふかめて しなやかに生きる〉。精進いたします、と低頭した。(篠原知存)