ロンドン五輪成功の基盤は「一つのストーリーを語る」

蔭山実のスポーツ茶論

 「2人は国民を熱狂させた。この国のスポーツはまさにこれがほしかった」

 いまから12年前、21世紀最初の五輪・パラリンピックとしてギリシャの首都で開かれたアテネ大会。イギリス選手団コーチの一人が英BBCテレビにこう語っていたのを、資料を整理している途中に見つけた。

 リオデジャネイロ大会が終わり、近年の開催国の成績を確認してみようと思ったときのことである。このコーチの担当する競技はバドミントン。アテネでイギリスが混合ダブルスで銀メダルという“歴史的”な快挙を挙げたときの思いがこの言葉に凝縮されていた。

 当時、ロンドン駐在でアテネ大会の話題を追いかけていたが、正直なところ、イギリスの五輪人気はいまひとつと思ったものだ。それだけに誰もが語り継ぐことのできる物語ができた。

 ネイサン・ロバートソンとゲイル・エムスのイギリス組。瞬く間に勝ち上がり、決勝で中国と対戦。フルゲームの末、2人は3点差で涙をのんだとはいえ、いま思えば、イギリスが五輪で浮上する大きな転換点であったような気がする。

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 アテネ後を見れば、それが分かる。「ロバートソン・エムス組」は4年後の北京大会へ雪辱を期して乗り込んだ。新たな快挙を報じようと準備したが、準々決勝で韓国に惜敗。夢はついえた。しかし、2人の遺産は思わぬところに現れる。

 イギリスは北京でメダルとはほとんど縁のなかった競泳で2個の「金」を手にすると、メダル数はアテネの「金」9個を含む30個から「金」19個を含む47個に躍進。ロンドンでさらに3割以上増やし、リオでも衰えることはなかった。

 あの銀メダルから加速した選手育成の成果だ。しかも重要なのはメダルの数ではなく、メダルを獲得できるようになった競技の幅である。リオで日本がメダルを取った競技数は11だが、イギリスはその倍の22。この差は大きいと感じる。

 メダルの数は重要な指標ではあるが、それが至上ではない。巨額の資金を投資して選手を育成することはあっても、さまざまな競技で世界の子供があこがれるような選手の活躍と、それがもたらすスポーツ参加への意欲向上は、イギリスだけの目標ではないだろう。

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 イギリスでもう一つ違いを感じるのが、五輪に向かう一体感だ。「皆が一つのストーリーを語る」。駐日英国大使館(東京・一番町)の五輪セミナーで学んだ教訓はいくつもあるが、ロンドン大会成功の基盤はここにあったと感じる。

 「一つのストーリー」とは、五輪・パラリンピックの目的、準備、遺産のどの局面を取っても、語るべき内容に相違がないことをいう。ひとつの事業、ひとつのチーム。「不測の事態を避けることにもつながる」とはセミナーを担当したロンドン大会関係者の補足だが、耳の痛い指摘だ。

 物語の語り手には会場建設や交通機関に従事する人も含まれる。大会に向けた冊子には、会場建設現場の作業員をクローズアップしたものがあった。障害者スポーツは「パラリンピックを語る機会を増やすこと」に力を合わせ、機運を盛り上げたという。

 あらゆる関係者が一致協力して準備の進行を伝えていく。「一つのストーリー」を語る機会をあらゆるところに求めた先にロンドン大会はあった。ならば、東京はどうか。一刻も早く「一つのストーリー」を語るようになってほしい。