一方的な不満や恨みから行政職員らが狙われる「行政対象暴力」が後を絶たない。警察庁の調べでは、摘発件数は昨年だけで約400件に上り、この5年間で約5倍に増えた。かつては暴力団組員らによる不当要求が多かったが、近年目立つのが市民による暴言や暴力行為。専門家は「経済困窮のはけ口になっている可能性があり、組織で毅然(きぜん)と対処する必要がある」と訴える。
仕切り板に穴
「急いでんねん。なんとかして手続きしろ」
5月下旬、大阪市鶴見区役所1階の窓口カウンターを訪れた中年男性が、女性職員に強い口調で詰め寄った。
男性は印鑑登録の手続きで訪れていたが、書類の不備などが判明。職員が「手続きはできない」と伝えると、態度が豹変(ひょうへん)した。窓口カウンターの仕切り板を拳で殴り、「もうええわ」と怒鳴って去っていった。市は大阪府警に建造物損壊の疑いで被害届を提出した。
警察庁などが昨年実施した行政対象暴力のアンケートによると、回答した自治体や行政機関5200部署のうち、約5%に当たる261部署が過去1年間に「不当要求を受けた」と回答。中でも市民による要求が83・9%と最も多かった。
特に税金や生活保護など金銭が絡む窓口業務でのトラブルは多い。アンケートでは、「大声を出すなど言動や態度で威圧」が8割近くを占め、「居座り」「執拗(しつよう)に来庁」といったトラブルも上位を占めた。
命の危険も…
近年は警察が事件化するケースも多い。全国の警察が昨年摘発した行政対象暴力は398件で、5年前の平成29年と比べると316件も増加。激高した市民が暴力行為に及び、器物損壊や公務執行妨害容疑などで逮捕される事例も相次ぐ。
ある自治体の職員は「最近は執拗な来庁や長時間の電話で暴言を吐くなどの迷惑行為が多い」と証言。「コロナ禍や不況の影響で困っている人たちが、助けを求めた役所に紋切り型の対応をされて不満を抱き、その怒りを職員に向けているのでは」と分析する。
過去には「命の危険」に発展しかねない事態も起きている。神戸市では19年と23年、生活保護費の支給を巡り、区役所で職員が市民に刃物で刺され負傷。25年には兵庫県宝塚市役所を税金の相談で訪れた男が庁舎に放火し、職員ら5人が負傷している。
こうした教訓から、神戸市では緊急性が高い場合、相手に告知せず会話を録音できるとした内部規定を策定。宝塚市も各部署でICレコーダーを備えるほか、庁舎内の防犯カメラを増設し、さすまたも用意している。
司令塔が必要
行政対象暴力を巡っては平成13年、栃木県鹿沼市の職員が暴力団関係者に殺害されたことなどを受け、水面下で処理されてきた組織的な不当要求への対策が進展。近年の摘発急増は、隠さず公表するケースが増えたことが要因との声もある。
元岡山市職員で鹿児島大の宇那木(うなき)正寛教授(行政法)は、自治体と警察との連携やマニュアルづくりが進み、「警察に相談するようになったのが摘発増加の一因では」と推測。ただ、自治体によってはマニュアルの徹底が不十分で、若い職員が1人で対応を迫られる傾向があるという。
宇那木氏は「行政対象暴力には組織対応が最も効果を発揮する」とした上で、「組織内で司令塔をつくり、不当な要求をされても複数の職員で対応するなどの方針を定めておくことが何よりも重要」と述べた。(宇山友明、鈴木源也)