産経新聞12日付が、英国で大型スパイ事件が発覚したことを報じた。英ロンドン警視庁は3月、英議会の調査担当者ら2人の男を中国のためにスパイ活動をした疑いで逮捕していた。英紙タイムズ(電子版)が11日までに報じた。
1人は20代の英国人で、逮捕当時、議会の調査担当を務めていた。数年にわたり中国問題を調査し、対中政策に関わる与党・保守党議員に情報を提供したり、政府の行動について提言するなどの役割を担っていた。
対中強硬派のトゥゲンハート安全保障担当閣外相や、カーンズ下院外交委員長ら与党保守党の機密情報を扱う政治家とつながりがあった。過去の中国滞在時に、工作員として勧誘された可能性があるとみられている。もう1人については30代との情報以外は、ほぼ不明だ。
英メディアは「英議会を標的にした最悪なスパイ行為の一つだ」と指摘している。
インドでのG20(20カ国・地域)首脳会議に出席したリシ・スナク英首相は10日、中国の李強首相と会談し、「英国の議会制民主主義に対する中国の干渉に重大な懸念を抱いている」と伝えた。
中国外務省の毛寧報道官は11日の記者会見で、2人の逮捕について「全くのでっち上げだ」と反発している。
この種のスパイ活動は氷山の一角だろう。
プーチン体制のロシアの行動原理を明らかにした保坂三四郎著『諜報国家ロシア』(中公新書)によれば、2014年のロシアによるウクライナ東部侵攻以降、安全保障・インテリジェンス研究の専門家の間で、米国務省幹部のデニス・クックスの30年前の論文「ソ連のアクティブメジャーズと偽情報―概観および評価」が注目されるようになった。ソ連の感化・世論工作を説明したものだ。
アクティブメジャーズとは、「敵対者のイメージ失墜」および「ソ連の影響力の強化」を目的とする「偽情報作戦や政治的な感化、海外のフロント組織や共産党の活動を含む幅広い実践」であり、「欺瞞の要素を含み、多くの場合、モスクワの関与を隠蔽する秘密の手段を用いる」とされる。
ソ連のKGB(国家保安委員会)の教本には、アクティブメジャーズの手法の1つとして「特殊肯定感化」という項目がある。露骨なスパイ活動とは異なる。
「偽の肩書やエージェントを使い、政府、政党、個別の政治家、官僚、民間人、財界人を感化すること」で、酒を酌み交わして「個人的信頼関係」を深めた「友人」に情報を握らせ続ければ、「友人」は貴重な情報源だと勝手に思い込み、いつの間にかソ連に都合のよい情報を政府やメディアで垂れ流すようになる。協力者と化すのだ。
過去のものではなく、現在のロシアも中国も行っている。私たちは諜報国家と対峙しているとの認識が必要だ。
(麗澤大学教授)