今年もこの季節がやってきた。月に見立てた目玉焼きをサンドした秋の風物詩「月見バーガー」を、日本マクドナルドが発売した。最近では「月見」=「たまご(目玉焼き)」というイメージが消費者に定着し、マクドナルドにとどまらず、さまざまな飲食店で「月見」というワードを目にすることが増えた。どのようにして、月見商品の消費文化は広がっているのか。
消費者と企業の「ノリ」で成立
たまごとオーロラソースが特徴の日本オリジナルの「月見バーガー」は、1991年に初めて販売された。興味深いのは「月見」というイメージがまだ定着する前のことであり、たまごが人気 → 秋はたまごが安定供給される → 秋にたまごを使った商品を出す、という消費者ニーズが開発背景にあったことだ。
当時の調査で、バーガーに入っているとうれしい人気食材が「たまご」と判明。たまごは秋に安定的に供給されるので、当時900店舗ほどあった全国のマクドナルドが安定的に仕入れられることも背景にあったようだ(日本マクドナルドのWebサイトより)。
もともと「月見」といえば「月見そば」を想起する人も多いのではないだろうか。卵を落とすと満月が浮かび上がり、そばの熱によって卵白が徐々に温められることで朧月のように見える。黄身に箸を入れてかき混ぜると月の明かりは闇夜に消えていく。お椀の中で日本人は風流な移ろいを楽しんでいたわけだ。
しかし今では、月はたまごのみならず、丸餅やハッシュドポテトなど、たまごから逸脱した丸いモノ、黄色いモノというくくりで、月に見立てた商品も販売されている。消費者側はそれらからも月を連想するように、マーケットが先導する形で「月見商品」の消費文化が広がりを見せている。
「さすがにこれは月とはいえないだろう」という商品があるのも確かだが、月に見えるかというよりも、「これは月である」というコンテクストに消費者が乗っかってくれることが前提になっている。この類の商品は、消費者側の遊び心や、企業側からの「これは月だからね」というメッセージのもと、作られた風物詩から季節を感じとる──ある種のエンターテインメントに対するノリによって成立しているわけだ。
広告や商品で季節の変化を感じる
何より、昔よりも季節の変わり目があいまいになっているからこそ、消費者は広告や商品によって、季節の変化を感じられる。残暑ともいえない暑さが続く9月でも「もう秋なんだ……」と感じられるのは、ダウンジャケットやコートがディスプレイされていたり、コンビニおでんや鍋の素などが売られていたりと、マーケットが意図的に四季を区切りメリハリを付けているからだ。
自然の摂理とは大きくギャップの生まれた、「9月になったら秋が始まる」という消費者のイメージをマーケットが補完しているともいえるかもしれない。すごくマーケット主導な気もするが、消費を楽しむという肯定的な側面からいえば、2月にチョコレートを意識してしまうのと同様に、消費者が月見というマーケットのノリを受け入れることで、日々の消費の中のちょっとした楽しみにつながっているわけだ。
他の国よりは四季がはっきりしていることもあり、日本人は食べ物の旬によって季節を感じとってきた。旬の食材を使用した食事が行事食と呼ばれることもある。多くの人が秋に満月を見ることをお月見と認識しているが、実際には旧暦8月(現9月中旬~10月上旬)の「十五夜」、9月(現10月)の「十三夜」、10月(現11月上旬)の「十日夜」の3回がお月見をする日と決まっている。それぞれの日で行事食が異なり、十五夜では芋、十三夜では団子、栗や豆が食べられたという。「月見そば」や「月見うどん」も近代以降、行事食になったといえるだろう。
一方、昔のアニメやドラマで見たような、縁側で月やすすきを見ながら団子を食べたり、月見酒を嗜むといった文化は過去のものになりつつある。現在そのような“the 月見”が一般家庭で広く行われていることすら疑わしい。それこそ今では、CMの影響か、マクドナルドの店舗内から月見バーガーを頬張りながら月を眺める方が、せかせか時間が流れる現代社会ではよほどイメージしやすい。クリスマスに食べるケンタッキーのフライドチキンがそうであるように、月見バーガーも広義の行事食といえるのかもしれない。
月見商品に相次ぐ参入
誕生から32年。マクドナルドが月見のマーケットを開拓し、月見=秋限定というイメージが構築され、昨今では多くのファストフードチェーンが参入している。今年は大手チェーン8社が月見関連商品を販売している。
モスバーガーやロッテリア、ケンタッキー、ファーストキッチン、ウェンディーズ&ファーストキッチンなどのバーガーチェーンにとどまらない。コメダ珈琲店は名物シロノワールにかぼちゃを使用した「お月見シロノワール パンプキン」、ドミノ・ピザは「月見クワトロ」、ピザハットはディップして食べる「Hut Melts」を月見風にアレンジした「月見Hut Melts」をそれぞれ発売した。
各社が行っているSNSでのキャンペーンや、テレビCMの放映は、消費者がそれら商品を認知し、興味を抱くだけでなく、「月見」市場そのものを想起するきっかけになっており、市場全体が盛り上がる要因となっている。特にSNSの投稿を見ると、今年はケンタッキーがエッグタルトを9年ぶりに販売するなど、いつもとは違うカテゴリーの「月見」から興味をひかれ、それがきっかけで「月見関連のバーガーの季節だな」と季節の変わり目を感じた者も少なくなかったようだ。
じっくり季節を感じる余裕がない現代消費社会。季節に対する体感も暦通りでなくなっているからこそ、マーケットがカレンダー通りに提供してくれる季節限定商品から四季を感じとる文化もあっていいのかもしれない。
著者紹介:廣瀬涼
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
(ITmedia ビジネスオンライン)