最近、中国の台湾侵攻の可能性に関して、「台湾有事は起こらない」との言論が形成されようとしている。朝日新聞は先週相次いで2人の識者インタビューを掲載した。
一人は元駐中国大使の宮本雄二氏(6日付)。
宮本氏は、東京電力福島第1原発の処理水問題について、中国は外交カードと考え、放出に反対する国際世論の形成をもくろんで拳を振り上げたが、計算が狂ったと解説する。
また、不動産市場冷え込みなどによる経済停滞、8月の洪水への対応などで政府への不満が大きくなっており、処理水問題で批判の矛先を日本に向け、不満の「ガス抜き」とした可能性に言及する。
そのうえで、「ただ、対日関係を改善させるという習(近平)政権の基本政策は変わっていない」と強調する。
宮本氏は8月24日に、岸田文雄首相と首相官邸で面会した。新刊『2035年の中国』(新潮新書)を送ったところ、「会いたい」と言われたとのことだ。その際、今の日本の外交・安全保障政策の基本は維持しつつ、「中国との関係を重視する姿勢も折に触れて示すべきだ」との考えを伝えたという。
岸田首相は先日の東アジアサミットで、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有に関係する問題で中国の名指し批判を避け、同時に中国との「建設的かつ安定的な関係」を目指すと説明した。宮本氏の助言が影響を与えたかは不明だ。
最後に宮本氏は台湾有事について、「そこまで心配する必要はない」とし、理由を述べる。
「中国は、圧力をかけてくる米国に対抗しなければならないという意識は強い。だが、台湾の大部分の住民は、400~500年前に今の福建省から移り住んだ移民だ。有事となれば、同じ漢民族同士が殺し合うことになる。台湾が独立に動かなければ、習政権が台湾を攻撃する内政上の必要性はない」
むしろ米国や台湾の自制が必要との考えだ。
もう一人は、拓殖大学海外事情研究所客員教授の武貞秀士氏(7日付)。
いわく、「中国は世界覇権を握ることを最大の目標とする。米国は台湾有事は大いにあり得ると主張するが、中国は世界の覇権を握るためにグランドデザインを描き、様々な布石を打ってきたにもかかわらず、台湾侵攻で国際的に孤立し、その野望がついえてしまうことはまっぴらごめんだと考えている。中国の習近平国家主席はそれをウクライナ戦争を始めたロシアのプーチン大統領から学んでいる」。
ウクライナ侵攻で局面が変わり、台湾有事の可能性はなくなったというものだ。
これらの言論は中国への警戒心を解き、日本の防衛力強化や領土保全の意志を弱める効果をもたらす。ここに中国当局の影響力行使はあるのか。
(麗澤大学教授)