インターネット上のファンコミュニティでの参加者との交流は、企業に新たな気づきを与えることもあり、顧客とのコミュニケーション手段だけでなく、マーケティング手法としても注目されている。ファンコミュニティ構築・運営大手のクオンと協力して、ファンコミュニティ「スポーツライフコミュニティ」を運営する食品大手「味の素」では、コミュニティ参加者との対話をアミノ酸含有食品「アミノバイタル」シリーズなどスポーツニュートリション事業に生かそうと取り組んでいる。スポーツニュートリション部の荻野友靖部長は「コミュニティを通じて、今まで見えていなかった方向性が見えてきた。私たちが100年以上研究を続けてきたアミノ酸の力で、スポーツを楽しむさまざまな人の健康と幸せに寄り添っていきたい」と語る。
2万人の自由な語らい
「スポーツするみんなのしゃべり場」を掲げる「スポーツライフコミュニティ」は、アミノバイタルユーザーに限らず、誰でも無料で参加できるコミュニティだ。約2万人(令和5年8月現在)の幅広い年代の運動好きが集まっており、趣味や健康維持のために登山やウォーキングを楽しむ「ライト層」から、週末ジムに通ったり毎日ジョギングしたりするような「コア層」、大会などでの記録更新をめざす「ガチ層」まで、運動量や打ち込みようもさまざまだ。マラソン部と登山部があり、元オリンピック選手の千葉真子さんや荻原次晴さんもサポーターなどとして登場し、盛り上げている。
コミュニティでは、参加者が自由にテーマを決めて投稿したり、公式スタッフとして同社がスポーツする際の習慣などを問いかけたりしており、ライフスタイルや体力に合わせていきいきと自分らしくスポーツを楽しむ人たちの投稿が盛んだ。たとえば、スポーツにちなんだ川柳大会では750件超の投稿が集まった。雨の日を詠んだ上句に「今日は自宅でストレッチ」と続ける人もいれば、「シャワーと思えば一石二鳥」と詠む人も。さらに、「靴の中さえ乾いていれば意外と快適」と続ける。それぞれの投稿が同じように共感を集め、「走りながら川柳を考える」人もいるなど楽しそうだ。スポーツを漢字一文字で表すテーマにも400件超の投稿があり、「活」や「素」といった精神性を感じさせる一字を選ぶ人もいれば、「楽」や「健」を挙げる人もいる。
荻野部長は「それぞれにすごく趣のある、心のこもった言葉や文字が表れていて、驚かされる。仲間がいるからしゃべりやすい雰囲気があるのだと思う。そんな中に『アミノバイタル』という言葉を使ってくれる人もいて、商品の位置づけみたいなものが見えてくる。こちらからあれこれ聞かなくても、そういう声が自然に出て、私たちにも気づきがある。それがファンコミュニティの魅力だ」と強調する。
データ分析で見えてきた「ライト層」
健康のために…、若いころは登山が趣味だったが…、走っていないとメンタルの調子が悪くなる…。約4万件(令和5年8月現在)のスポーツライフコミュニティでの投稿からは、参加者それぞれの多様なスポーツとの関わり方や思いが見てとれる。荻野部長は投稿を分析することで「私たちが今まで、ライト層の人たちをきちんと理解していなかったことに気づいた」とする。
同社では令和元年から、プロアスリートに加え、市民ランナーなど健康志向の人を意識したプロモーションを展開してきた。武井壮さんを「スポーツ栄養科学庁長官網野倍樽(あみの・ばいたる)」に起用したテレビCMなども放映した。「今思えば、スポーツ初心者向け、ライト層へのマーケティングはほぼできていなかった。プロアスリート、記録やパフォーマンスにこだわるガチ層を主な消費者像と見て注力していて、『ライト層はどのようにガチ層になるのか、もっと運動強度を上げてくれるのか』という発想で考えていた。これは違った。押し付けだった」と荻野部長は自戒を込める。「ライト層はライト層のままで良くて、ガチ層になる必要はない。美や健康目的の人はたしかに1回の運動強度はガチ層ほどではないが、私たちが思っていた以上に真面目に運動に取り組んでいて、情報を欲しがっている。中には毎日かなり負荷の高い運動をしているのに、そういう自覚のない人もいて、『アミノバイタルを使うほどじゃない』って思ってしまっている人もいる。私たちのアミノ酸が力になる、寄り添える可能性を感じている」と、期待する。
こうした〝気づき〟は早速プロモーションでも実証されている。昨年12月に女性人気の高いTBSラジオのポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』で行ったプレゼントキャンペーンに、予想を上回る反響があったのだ。「中高年の女性リスナーに大変好評で、売り上げもあがったし、使い続けてくれる人もいた。これまで私たちが見ていたアスリートとは全く異なる人たちが、アミノ酸の価値を理解してくれた瞬間に使ってくれるというのは、驚きだった」と、実感を込める。こうしてプロモーションの可能性が広がったこともあり、アフターコロナで迎えた今年度は、売上高100億円を初めて超える勢いだという。
ファンへの感謝 安心して語り合える場を
同社がスポーツライフコミュニティを立ち上げたきっかけは、新型コロナウイルスだった。コロナ禍で競技会中止が相次ぎ、アミノバイタルシリーズも深刻な影響を受けた。荻野部長は「いかにスポーツとともに使われていたのかを痛感した。コロナ禍で1200以上あったマラソン大会も約200まで減少し、アミノバイタルの売り上げは約3割減の70億円、ユーザーを200万人も失うという事態になった」と振り返る。「それでも使い続けてくれた何十万人というファンに感謝している。商品の話題だけでなく、スポーツ愛好家が、悩みや苦労、達成感や喜びを安心して語り合える場を提供したかった」。アミノ酸含有食品ではトップシェアを誇るアミノバイタルシリーズを展開しながら、あえてユーザーに限らず、幅広く参加できるようにしたのは、こうした思いからだったという。
オープンしてみると、使用経験や習慣がほとんどない人が4割もいた。スポーツの話題は盛り上がるものの、商品名やブランド名が上がらない日が続き、「正直不安で、じれったい思いもあった」と打ち明ける。場の安心感を保つため、あえて商品名など広告的な印象を与える発信を控える方針を貫き、1年経つころ、参加者から自発的にお気に入りの商品や使用感などの話題が上がるようになった。「実は半年経ったころから『そろそろ商品の話題を出してもいいかな?』って、何度も(運営サポートとデータ分析を担う)クオンに問い合わせた。今は『絶対やっちゃいけなかったんだ』と、すごく腹落ちしている。投稿しやすい雰囲気、安心感を作るのに、必要な時間だった」とほっとした表情を見せる。
分析では、他の人の投稿の影響を受けてスポーツを始めた人や、頻度を上げたりより積極的に挑戦したりするようになった人がそれぞれ約2割おり、中には商品を使い始める人もいることが分かっている。「驚くほど行動変容につながっている。参加者一人一人が場を楽しみ、この場があるのは味の素のおかげだって徐々に気づいてくれるくらいがちょうどいいんだと思う」としみじみと語る。
全国でマラソン大会が再開した今年は、コミュニティ参加者と荻野部長ら社員の混成チームで参戦する対面交流企画も始めた。今年5月の「BOOSTランニングフェスタ in 味の素スタジアム」で行われた第3回の交流企画には、小学生を含む19人が参加。6~7人ずつ3チームに分かれてそれぞれ計21キロを走るリレーマラソンに挑んだ。「私たち社員よりもコミュニティ参加者さんのほうがずっとリレーマラソンに詳しくて。もてなすというより、教えてもらう立場でとても盛り上がった」と荻野部長。アミノ酸含有飲料「アミノバイタルBCAAチャージウォーター」の提供なども行ったが、愛用している商品を持参する人もおり、「こちらがあれこれ聞かなくても、商品を使ってくれて『大好き』と言ってくれる。私たちが『発信してくれ』って押し付けるのは間違いだ」と、噛みしめるように語る。企画は好評で、全国各地から開催を求める声が上がっており、今後も続ける予定という。
同社では今春、会社全体のマーケティングを担う「マーケティングデザインセンター」を新設し、食をはじめとするさまざまな分野で育んできた消費者との関係性を深めていこうとしている。スポーツライフコミュニティへかかる期待も大きい。「私たちは、食、休養、運動で健康になるということをめざしてきた企業。さまざまな分野の事業を掛け算することで、コミュニティの人たちにも豊かな提案ができる。コミュニティの参加者と一緒にスポーツの価値を高め、スポーツする人を増やしていきたい」と、前を見据えた。
提供:クオン