線状降水帯の発生に伴う警報級の大雨や、強烈な台風が全国各地を相次いで襲い、行政や自治体の災害対応力が問われている。一刻を争う救助や復旧が求められるなか、初動の情報共有が重要になるが、消防や医療、インフラなど広範な関係機関との連携に課題を抱えるケースは多い。被災状況や避難などの連絡が飛び交う現場で、いかに確実かつ迅速なコミュニケーションを実現し、一致団結して被害や生活への影響を抑えるか。災害対応の最前線で活用が広がるビジネスチャット「LINE WORKS」の効果を取材した。
大規模停電を早期復旧
2018年10月1日午前6時17分、静岡県浜松市の病院やクリニックなどで構成する「災害医療ネットワーク会議」のトークルームに浜松医科大学医学部附属病院救急部の吉野篤人医師から1通のメッセージが入った。
「停電継続中、災害対応必要、各病院は大丈夫か?」
前日の9月30日に上陸した台風24号の大雨や暴風が猛威を振るい、中部電力管内は延べ119万戸の大規模停電が発生。なかでも浜松市では観測史上2位となる最大瞬間風速41.9メートルを記録し、各所に大きな傷痕が残るなか、この呼び掛けが関係者の心にスイッチを入れた。
7時44分には市健康医療課がネットワークの連絡網となるLINE WORKSを通じ、各医療機関の被災状況などを共有する厚生労働省のシステム「EMIS(イーミス)」への入力を促すことを決定。8時時点で市の世帯数の3割以上に相当する28万7670戸が停電し、自家発電で持ちこたえる救護病院などもあり、トークルームへの投稿も呼び掛け、治療やケアの継続に支障がないかどうかを確かめた。
「水道も使えないので電気を早く復旧してもらいたい」「助産院も困っています」
市内約70機関から続々と寄せられる情報を健康医療課が整理し、10時8分に停電中の8病院、同38分には透析医療6機関、産科医療3機関のリストを電力会社に提供し、早期復旧を要請した。
西崎公康課長は「電話やファクスで全機関とやり取りしていたら、提供が午後になった可能性もある。LINE WORKSは記録が時系列に残るので情報の収集や整理の時間が大幅に短縮し、迅速に支援の優先順位を付けられた」と振り返る。
EMISでも停電の有無は確認できるが、自家発電の残り時間など詳細な状況の把握や、電話が不通になった病院との連絡にも役立ったという。
リアルタイムで伝えられないもどかしさ
南海トラフ地震の津波被害が想定される浜松市はかねて、行政や医療機関の連携を進めてきた。16年度からは指揮命令系統の確立や安全確保などの観点から災害時の組織体制や手順を見直し、マネジメント研修や訓練にも力を入れる。
医療機関や応急救護所には防災無線やファクスを整備したが、訓練で口頭伝達は医薬品名の復唱に時間がかかり、メモが行方不明になるうえ、対応済みか分からないなど課題が浮き彫りに。16年の熊本地震で被災地支援の保健師チームに同行した西崎氏は避難所の状況などの報告にメールやボイスパケット(無線通信システム)も利用していたが、「刻々と変化する情報をリアルタイムで伝えられないもどかしさを感じた」。
被災地ではLINEが役立ったという報告を知り、操作が類似するLINE WORKSに注目した。法人向けサービスなのでセキュリティー対策が整い、管理者が専門領域別や地域別など最適なグループを設定でき、電話やファクスのような不通の恐れも少ないためだ。17年10月の医療救護訓練で試験したところ、「不足した医薬品もスマホで撮影してすぐに送信して依頼でき、間違えもない。多様な機関が参加するので、どこが既読か未読かが分かることも有効だった」(西崎氏)。
さらに、事前説明なしで参加者が戸惑うことなく活用できるハードルの低さも大きかった。市の災害医療コーディネーターとして助言した浜松医科大学医学部附属病院救急部の高橋善明医師は、災害用の衛星電話やトランシーバーは使用に一定のトレーニングが必要と指摘し、「大規模災害時に汎用性が高いのは『普段使い』ができるツール。東日本大震災や熊本地震の際も、SNSが有効だったという報告がある。なかでもLINEと同じように誰でも使用でき、個人のスマホからも容易に操作できる点から、LINE WORKSは医療機関職員や行政職員が広く利用できる」と語る。
18年6月に立ち上げた災害医療ネットワーク会議の連絡手段として正式に導入。現在は病院や応急救護所、医師会、薬剤師会、消防局など284ユーザーが参加し、透析や周産期など専門領域別のトークルームを設け、患者の受け入れ調整などへの活用を想定する。
実際、新型コロナウイルス下では大量の肺炎患者が発生するなか、保健所と救急隊がLINE WORKSでやり取りし、迅速な入院先の選定と搬送につなげた。
西崎氏は「災害時はライフラインの寸断など一医療機関で対応できない課題が出てくる。地域で素早く情報共有し、一致団結して対応することが1人でも多くの命を救うことにつながる」と語った。
迅速な応援態勢つくる「カウンターパート方式」
災害対応では地域内の関係機関の連携に加え、外部からの人的・物的支援が重要になる。愛媛県は県内全20市町と、大きな被害に遭った市町の支援元を予め割り当てておく「カウンターパート方式」を採用し、速やかな職員派遣などにつなげている。きっかけは18年の西日本豪雨だった。
「これから1週間で何人の応援が必要か教えてください」
「住家被害の調査に職員を派遣してほしい」
同年7月5~8日に愛媛県を襲った豪雨は4日間で7月の平均を大幅に超える雨量をもたらし、各所で土砂災害や河川の氾濫が発生。特に被害の大きかった宇和島市、大洲市、西予市の3市は避難所対応などで人手が不足し、県は被災地と、応援可能な市町の橋渡し役として連絡に追われた。
防災危機管理課の佐々木一光主幹 は「命を守る段階から生活再建まで住民の不安やニーズが変化するなか、適切な人員や人数を派遣できるよう連日電話をかけていた」と語る。
避難所への対応から衛生管理、断水に伴う給水、罹災(りさい)証明書の発行など業務が徐々に枝分かれするなか、県内全壊625戸、半壊3108戸(18年12月10日時点)という住戸被害の調査のみでも膨大な作業に。このため各自治体が力を合わせ、3市に対して8月までに12市町から延べ2355人もの応援が入った。
この経験を踏まえ、翌19年にA・B・Cという3つのカウンターグループを平時から整理し、被災エリアに応じて一次支援市、二次支援市町を割り当てた。市町振興課の知念良輝課長は「グループの市町が防災訓練などでも協力する仕組みをつくり、災害時の応援態勢を強化した」と説明する。
併せて、豪雨の際は県が仲介した連絡系統も見直し、電話やメールに代わってLINE WORKSを採用した。なじみのある操作性や、異動に伴うアカウントの引き継ぎがパスワード変更で済む管理のしやすさに加え、各グループを構成する7~8市町が一気に情報共有できる点が決め手になった。例えば被災市町から「応援が何人必要」と書き込めば、支援市町が「何人出せる」と直接回答し、連絡調整の時間や労力を軽減する効果が期待できる。
21年2月に3グループのトークルームを基盤とする「チーム愛媛 市町職員災害対応ホットライン」を設立。現在は県幹部や副市長・副町長、防災担当者ら108人が参加する。佐々木氏は「電話は担当者同士しか話せなかったが、意思決定権者まで情報がすぐに伝わる。災害対応は待ってくれないので、とても効果的」と実感を込めて語る。
豪雨以降はカウンターパート方式の災害支援は発生していないが、日ごろから線状降水帯の発生予測情報などが発表された際の伝達手段として活用する。知念氏は「平時から災害への意識を共有し、いざというときにどう備えるか。命の危機に瀕する被災者がいる状況で、連絡や調整に手間取ってはいられないので、災害対応に注力できるよう迅速かつ確実に情報が伝わる態勢を整えたい」と話した。
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