企業活動における気候変動と生物多様性の現在地 WWFジャパン山岸氏とPIVOT竹下氏が対談

PIVOTの竹下隆一郎氏(写真右)とWWFジャパンの山岸尚之氏
PIVOTの竹下隆一郎氏(写真右)とWWFジャパンの山岸尚之氏

気候変動に係るリスクと機会が自社の事業に与える影響やその対処について、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に基づいて情報開示をすることが、東京証券取引所プライム上場企業に対して実質義務化されたことに続き、2023年9月には、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークも完成する。気候変動と生物多様性に向き合う日本企業の立ち位置はどこにあるべきなのか。WWF(世界自然保護基金)ジャパン自然保護室長の山岸尚之氏と、PIVOT執行役員でチーフ・グローバルエディターの竹下隆一郎氏が語り合った。

深刻化する双子の危機…。世界に後れをとる日本企業

竹下氏 なぜ、今、企業活動にサステナビリティの取り組みが必要とされているのですか。

山岸氏 環境問題として気候変動と生物多様性の双子の危機が深刻化していて、それに対応しようと国際的なビジネスの動きが加速しています。にもかかわらず、日本企業の動きは鈍いと言わざるを得ません。問題に気づいている企業もありますが、次のステップとして、社会全体で取り組む必要性が出てきた時に立ち止まってしまう。社会のルールは先に作った方がビジネス上有利だということには気づいていないからです。

竹下氏 気候変動に関しては日本企業も動き始めているものの、生物多様性に関してはまだ様子見の傾向に見えますが、どのような方向で議論が進んでいるのですか。

山岸氏 WWFが出している「生きている地球指数(LPI)」は、世界の哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類の個体群の変化を追跡し、早期の警告を発する統計です。この値はその時々の世界の生態系全体の健全さ、豊かさを示す指標といえます。その値が、1970年から 2018年の間平均で69%減少しているなど、生物多様性が急速に右肩下がりで失われています。その5つの代表的な要因は「土地海域利用の変化」「直接採取」「気候変動」「汚染」「侵略的外来種」ですが、これらの要因を改善していく必要があり、国連の会議でも昨年、2030年までに減少傾向に歯止めをかけて回復軌道へと反転させる「ネイチャーポジティブ」を目指すことで合意しました。日本は輸入大国であり、国内消費のための生産活動に伴い、海外で熱帯雨林が切り倒され、農場等が作られていることを強く意識しなければなりません。いずれ原材料がなくなれば、持続可能な生産ができなくなります。

↑WWFジャパン(生きている地球レポート2022-ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために-)より

世界のGDPの半分以上は自然に対して依存している

竹下氏 ただ、サステナビリティを追求することは経済的な論理ではコスト高の要因にもなり得るのではないでしょうか?

竹下 隆一郎(たけした・りゅういちろう) 氏
1979年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。朝日新聞経済部記者、スタンフォード大学客員研究員、ハフポスト日本版編集長を経て、PIVOTチーフ・グローバルエディターに就任。主な著書に「SDGsがひらくビジネス新時代」(ちくま新書)
竹下 隆一郎(たけした・りゅういちろう) 氏 1979年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。朝日新聞経済部記者、スタンフォード大学客員研究員、ハフポスト日本版編集長を経て、PIVOTチーフ・グローバルエディターに就任。主な著書に「SDGsがひらくビジネス新時代」(ちくま新書)

山岸氏 コンサルティングファームPwCの分析によると、世界のGDPの半分以上にあたる58兆ドル(約8100兆円)は自然に対して依存(※PwC調べ)していて、自然を毀損すると、GDPの多くが失われます。例えば、ミツバチを媒介に授粉することで成り立っている農業が、化学物質が原因でミツバチが減ったために収穫が減ってしまいます。これらが厄介なのは、当たり前にあるものとして考えていたものが、無くなった途端に、それらに依存していたことを思い知らされ、「コスト」として顕在化する場合があることです。気候変動の分野では、コーポレートガバナンス・コードの改定によって、東京証券取引所のプライム市場におけるTCFDの開示が実質的に義務化されました。今年の9月にはTNFDのフレームワークも完成しますし、企業の非財務情報の一つとして、現在と将来の自然への依存や影響に関する情報の開示は、将来的には事実上の義務化となるでしょう。このように、サステナビリティの追求は社会経済を成り立たせる上で不可欠なものとなりつつあります。

竹下氏 投資家にとっては、企業が世の中のことが見えているのか、将来のリスクを考えているのかは重要な情報です。世界最大の機関投資家の一つであるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は公的年金を運用しているので、将来の給付金の行方を左右するかもしれません。いち早く生物多様性に対応している企業は海外の最先端の情報をキャッチしているし、意識が高いと評価することができます。株式投資をしない人からも「この企業に転職したい」、または、「自分の子どもを入社させてもいい」と思われるでしょう。

山岸氏 その通りですね。企業にプレゼンテーションをするとき、「世界で先進的な取り組みが始まっているからやりましょう」と勧めがちですが、本当に大事なのは、企業として将来を見据えているかどうかを問うことです。時価総額を上げるためには、5年後、10年後の社会がどうなるのか、どうなるべきだと考えているのかを語り、投資家に示すことです。それに対応するために、WWF ジャパンのようなNGOをもっと活用していただきたいです。炭鉱のカナリアのように、この先に問題となりそうな兆候をいち早く察知できると思います。

日本の産業界から、オピニオンリーダーが出てほしい

山岸 尚之(やまぎし・なおゆき)氏
WWFジャパン自然保護室長。2003年より主に気候変動分野での国内政策提言および毎年の国連会議での提言活動に携わる。2020年より現職で、気候変動に加え生物多様性、持続可能な金融、海洋水産分野の統括
山岸 尚之(やまぎし・なおゆき)氏 WWFジャパン自然保護室長。2003年より主に気候変動分野での国内政策提言および毎年の国連会議での提言活動に携わる。2020年より現職で、気候変動に加え生物多様性、持続可能な金融、海洋水産分野の統括

山岸氏 すでに気候変動の分野では始まっていますが、今後、生物多様性の分野でもトレンドになるのが、企業から政府へのアドボカシー活動です。一企業の取り組みだけでは解決できない問題に対しては、ポジティブな意味で政策が変わらないといけないという共通理解がありますが、その時、企業がどう表現しているかは国際的にも注目されます。昨年のCOP27(国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議)で、アントニオ・グテーレス国連事務総長が作った専門家グループのレポートは、自社が掲げる「ネットゼロ」が、本来の「ネットゼロ」に適合しているのかを見定める必要性を指摘しました。自社の取り組みや経営者のメッセージが、本来の「脱炭素」と整合性があるのかが厳しく問われています。

竹下氏 メディアの世界では、政治家や学者だけでなく、企業の発言力が高まっています。「チャットGPT」を開発したオープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)や、メタのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は最新のテクノロジーを担い、人類の未来を握るオピニオンリーダーです。

山岸氏 哲学を持って、あるべき社会を語れるリーダーが、ぜひ日本の産業界からももっと出てきてほしいですね。日本のビジネスパーソンは真面目さの裏返しで、なかなか大きなことを口に出しません。でも、発言力のある企業から声を上げないと、そもそも問題があること自体が社会へ伝わりません。

竹下氏 ダボス会議などの国際会議を見ていても、日本の経営者は用意したスピーチはできますが、アドリブの質問への受け答えが苦手です。環境団体が厳しい質問を突きつけたときに、しっかり答えられるかどうかは大事です。WWFのようなNGOが事前に十分なインプットをすると、自信がつくのではないでしょうか。また、グリーンウォッシュには気をつけるべきですが、不完全でも発信していく姿勢は大事です。「生物多様性の問題点に関しては、現状把握を始めました」など、ステップ・バイ・ステップのコミュニケーションを重ねていく必要があります。

山岸氏 欧州はルールメイクが得意です。気候変動で代表的なグリーンウォッシュは、カーボンクレジットを買って、排出削減をしていることを装うことですが、一方で排出権取引にも良い面があるので、OKとNGの線引きが急速に進んでいます。英国で開催されたCOP26を契機として立ち上がってきた自主的炭素市場十全性イニシアティブ(VCMI)やカーボンマーケットに関する民間主導のルール(ICVCM)などは、ルール作りが不完全な状態で公表されるので、日本企業は「意味がわからない」「不確定で使えない」と尻込みするケースが多い。欧米の企業がルール作りで主導権を握れるのは不完全な状態で走り始めることができるからでもあります。

竹下氏 若い世代では変化も出てきています。日本のある社団法人の方は、ルールメイキングが必要なとき、仲間内で議論して、敢えて英語でTwitter(現在は「X」)やLinkedInなどで発信をすると、この議論は面白そうだと参加者が集まると言います。さらに、講演会を開くときに海外のキーパーソンを招くと、その繋がりで海外にも知り合いができて、日本の意見が聞きたいときには、その法人に問い合わせが来ます。その流れで次第に日本の考えが国際的に発信されていくのです。ジャーナルとディスカッションを押さえるのがルールメイキングには大事で、日本企業にも大いにチャンスはあると思います。

人類はもっと自然から学ぶべき。まず足元の現状把握を

山岸氏 実は自然界については、生物が何万種いるのかまだ正確にはわからないし、深海の生態系についてはまだまだ解明されていません。人類が自然から学ぶべきものを、学ぶ前に無くしてしまうことは、大きな損失です。企業にまずお願いしたい点は、紙や木材など、自社が原料として使っている自然資源に関するデータを集めることです。それらがどこから来ているものかわからなければ、それが持続可能なものなのか判断もできません。トレーサビリティを把握すれば、別の取引先の検討や、コスト削減のヒントに繋がるかもしれません。サステナビリティが浸透しつつある今、取引先に対し、「環境を守るために、把握しなければいけないのです」とお願いしやすい環境でもあると思います。

竹下氏 それは100%そうですね。コストやリスクを分析するために調べているうちに、チャンスを見出すことはありそうな話で、絶対やるべきです。企業は自然からさまざまなものを学んでいます。生成AIの登場によって、ウェブ上のテキスト情報は網羅できますが、自然界については知っているようで知らないことばかりです。これからの人間の仕事は、スマホから顔を上げて、自然と向き合うことですね。

山岸氏 まずは、自社がどれだけ自然に依存しているか、どれだけ影響を与えてしまっているのかを把握するところから始めてほしいです。TNFDで開示が求められるのはその部分ですので、試験の答案を埋めるように進めるのではなく、自社のビジネスの機会や可能性を考えながら、前向きに取り組んでいただけると嬉しいです。

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