「日本人が人生を自由に生きるのを阻害している最大の要因は、家です」
こう断言するのは住宅メーカー、セレンディクス(本社・兵庫県西宮市)代表取締役の小間裕康さん(46)。平成30年に設立の同社は、3次元(3D)プリンターによる住宅建設を手掛けるスタートアップ企業だ。今年5月、商用で初の3Dプリンター製建物を長野県佐久市で完成させた。
話題を集めたのはその技術だけでなく、価格の安さと建築速度の速さ。床面積10平方メートルの「スフィア」の販売価格は330万円。3Dプリンターで出力した軀体(くたい)パーツを組み立てて窓ガラスや屋根を取りつける作業は、なんと24時間以内で完了した。
同社が目指すのは、「車を買う値段で買える最先端の家」の開発だ。「社会変化が激しい今の時代、30年という住宅ローンを本当に払い続けられるのだろうか」と考えたのがきっかけだという。
不動産経済研究所が先月発表した今年上半期の東京23区の新築マンション1戸あたりの平均発売価格は1億2962万円で、上半期として初めて1億円を超えた。国土交通省の「住宅市場動向調査」(昨年度)では、分譲集合住宅を初めて取得した世帯主の平均年齢は39・9歳、ローンの返済期間の平均は29・7年だ。40歳で購入したマンションのローン完済は70歳が平均値―という計算になるが、その間にはさまざまなライフイベントが発生する。人生の節目に、ローンが足かせになる人も少なくないだろう。
小間さんは「日本人は、可処分所得のほとんどが住宅ローンに使われている。でも、30年間も縛られるような住宅ローンがなければ、もっと豊かで自由な人生を送ることができると思うんです」と言う。スタートアップ企業として目指すのは、その社会課題の解決だ。
3Dプリンターの市場規模は日本より海外の方が大きく、住宅の先進地は欧州。だが同社はその既存ビジネスで競り合うのではなく、デジタルデータを販売するビジネスモデルで、3Dプリンターに最も適した住宅を開発することを目指した。国内外の競合企業も含めたオープンイノベーション方式で開発を進め、200超の企業とコンソーシアムを組んで施工までを手掛ける。「素材、施工、設計、プリンターと、それぞれの専門知識を持ち寄るからこそ、技術革新は進む。オープンソースとは、そういうことだと思います」と小間さんは言う。
7月末には愛知県小牧市で、延べ床面積50平方メートルの3Dプリンター住宅「serendix50(フジツボモデル)」の試作品を約44時間で完成。鉄骨鉄筋コンクリート造りの1LDKで、今月下旬から1棟550万円(6棟限定)で販売予定だ。平屋の2人世帯向けモデルとしたのは「スフィア」販売後、4千件超に上った問い合わせのほとんどが、60歳以上の夫婦世帯だったため。「契約更新を断られた」「リフォーム代が高すぎてできない」といった悩みを抱える人たちから、「この価格なら、希望する場所に建ててゆったり暮らせる」との声が寄せられたという。
ただ、現行の建築基準法は3Dプリンターによる工法を想定していない面がある。もともと鉄筋を使わない想定の「スフィア」も法に準拠させるため、現在は鉄筋を使っているが、来年までには個別審査による「国土交通大臣認定」を取得、鉄筋なしの住宅でさらなるコストダウンと量産化を目指す考えだ。
建設遅れが深刻な問題となっている2025年大阪・関西万博でも指摘される「2024年問題」では残業規制の強化により、建設業界の人員確保が今後一層困難となるのは間違いない。そもそも、建設技能者の就業者数はこの20年間で100万人も減っている。少子高齢化と生産人口の減少が加速する中、住宅産業は従来の職人依存からロボット化が待ったなしの時代に入ったのかもしれない。
「未来社会の実験場」をうたう万博まで2年を切ったが、会場建設の遅れから「延期論」すらささやかれる。だがこのピンチにこそ、見たこともない工法と速度で造られる未来の建築を、ぜひ万博で見てみたいと思うのである。(きむら さやか)