日本美術の特色のひとつとして、草木花鳥が古来大事にされてきたことが挙げられます。そして、それらと比較すると小さな存在ではあるものの、虫もまた重要なモチーフでした。
例えば、『源氏物語』「賢木」では六条御息所が光源氏におくる別れの歌のモチーフとして、松虫(現在の鈴虫)が登場します。そして、この場面での鈴虫の重要性を象徴しているためか、《野々宮蒔絵硯箱》には合計で三匹の鈴虫が登場します。また、平安時代末頃には殿上の逍遥と称して虫狩、虫撰という良い鳴き声の虫を献上する宮中の雅な遊びが生まれます。《鈴虫蒔絵銚子》はこうした雅な虫として鈴虫を意識していたからこそ、うみ出されたものと言えるでしょう。翅をこすり合わせて鳴く様子も表されており、実際に鈴虫の姿も参考にしていたようです。
また、鳴く虫以外の、蝶や蜻蛉なども生活の道具や、絵画の中に頻繁に登場しています。特に江戸時代に入ると、学問の進展もあり、様々な角度から虫たちが見つめられるようになりました。《虫豸帖》は伊勢長島藩藩主増山雪斎が描いた虫の博物図譜ですが、その虫を写した日付や、虫の雌雄なども記録されており、雪斎は現代の私たちにも負けず劣らずの姿勢で虫たちを見つめていた様子がうかがわれます。そして、こうした熱視線を虫に向けるのは今も昔も変わりません。自在置物作家・満田晴穂氏は江戸時代と現代の技法を融合させながらよりリアリティあふれる虫たちの姿を表し続けています。現代にも受け継がれる虫めづる世界を是非ご堪能下さい。
(サントリー美術館 学芸員 宮田悠衣)
開催概要
虫めづる日本の人々
【会期】2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)
【会場】サントリー美術館
【主催】サントリー美術館、朝日新聞社
【公式HP】https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2023_3/index.html
※作品保護のため、会期中展示替を行います。