新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが、季節性インフルエンザ並みの「5類」に引き下げられて1カ月余りが過ぎ、「脱マスク」が徐々に進んでいる。ただ、患者数は緩やかな増加傾向が続いているうえ、3年間に及んだ着用で、マスクがないと「恥ずかしい」「落ち着かない」と着用を続ける人も。一定数のマスク着用は日常になるのだろうか。
「屋外であれば外すこともあるが、電車や屋内で『密』だと感じたり、人と近距離で話したりするときは、感染が気になってマスクを着ける」。大阪府高槻市の男性会社員(47)はこう話す。勤務先はマスク着用は「自由」だが、今も社員の6~7割は着用しているという。
京都市左京区の女子大学生(20)は「まだ多くの学生がマスクを着けている中で外すと、なんとなく恥ずかしいし、落ち着かない」。大学内でも親しい友人以外は、自分の「マスク顔」しか知らないという。
5類に移行した5月8日以降、毎週月曜日の午前8時半前後にJR大阪駅前で撮影した画像を、システム開発会社「デジタルみらい」(大阪市)の人工知能(AI)によるマスク着脱率の分析を実施してみると、同月15日の着用率は90%、翌週の22日は83%となったが、29日は83%、6月5日も84%だった。AI認識には数ポイントの誤差があるが、約1カ月が過ぎても8割超が着用していた。
記者の生活圏では、飲食店でのマスク会食はほぼなくなったが、電車内ではほとんどの人が今もマスクを着用している。場所や状況に応じてマスクを着脱する人が増えているため、実際の着用率は今回の分析より低いとみられる。
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ただ、コロナの感染状況は5類移行後、緩やかな増加傾向が続いている。厚生労働省によると、全国約5千カ所の定点医療機関から5月29日~6月4日に報告された新規感染者数は計2万2432人で、1医療機関当たりの平均は4・55人。前週(3・63人)の1・25倍だ。
文部科学省は5類移行後の学校の感染対策を大幅に緩和し、4月以降は学校現場でマスク着用を求めないことを基本とした。だが、大阪市鶴見区の市立茨田(まった)北小学校の神農(しんのう)弥恵教頭は「マスクがないと恥ずかしいと訴える児童が多い」と明かす。低学年には着用しない児童が目立つようになったが、高学年では8割が着用しているという。
感染症対策に詳しい近畿大病院感染対策室の吉田耕一郎教授(感染制御学)は「屋外でも多くの人が着用し続けているのは、感染を防ぐという公衆衛生の意識が定着しているとも考えられる」と分析。コロナウイルスの感染力は変わっていない現状を踏まえ、「これまで通り、マスク着用のメリットはある」と話す。
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日本で「脱マスク」が進まない背景として指摘されるのが、集団内で多数派に合わせて行動しようとする「同調圧力」の強さだ。同志社大の中谷内(なかやち)一也教授(社会心理学)は、3年間に及んだコロナ禍で「マスク着用が習慣になり、『マスク顔』がスタンダードで、着用しないことは多くの人にとって変化になった」と分析。「感染予防という本来の目的が薄れても、マスク顔からの変化に抵抗がある人が一定数いるのでは」と指摘する。
また、マスク着用で実際より美しく見えるとする「マスク美人」といった言葉もSNSを中心に拡散したことで、現在は素顔や表情を見せることに抵抗を感じる人が多い状況だと推察。コロナ禍でマスクを着用しない人を責め立てる「マスク警察」は一時社会問題化したが、外さない人を非難する「マスク外せ警察」は現れないとみられるだけに、着用率は簡単には下がらないとみる。
ただ、「現時点でマスク着脱の推移を断定できる段階ではない」といい、「暑くなり、抵抗感よりもマスクを外す利点が大きくなれば、おのずと着用率は下がるのでは」との見通しを示した。(小川恵理子、木ノ下めぐみ)