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甘橘山美術館準備室室長 橋本麻里 『土偶を読むを読む』 「衝撃の新説」に学問から応答

『土偶を読むを読む』
『土偶を読むを読む』

『土偶を読むを読む』望月昭秀編(文学通信・2200円)

縄文人たちが主要な食料としていた植物こそ土偶のモチーフである。「土偶の真実を明らかにした」と謳(うた)って話題となった竹倉史人『土偶を読む』(晶文社、令和3年。以下『読む』)に対する、真摯(しんし)な応答の書が刊行された。

前半は編者で、雑誌『縄文ZINE』を主宰する(つまり竹倉が批判する「タコツボ化した専門家」ではない)望月昭秀による「検証」編だ。ハート形土偶、ミミズク土偶、結髪土偶など、『読む』で章が立てられた土偶と植物との関係について、何がどこまで確かなこととして言えるのか、言えないのかを、これまでのデータや研究を根拠に、丁寧に検討していく。

後半は研究者たちのターン。明治時代から2010年代まで、土偶が何のために作られ何に使われたのか、その研究の歴史を概観する「『土偶とは何か』の研究史」が、意外やめっぽう面白い。学問としての方法論の変遷、美術史学や人類学との関係、国土の開発に伴う出土資料の飛躍的な増加などが絡み合った土偶研究の過程を一望できる。この章の著者である横浜ユーラシア文化館主任学芸員・高橋健は、「白鳥兄弟」の芸名で全身タイツに身を包み、土偶を表現する「土偶マイム」のパフォーマンスでも知られる。一方、東京都立大学教授・山田康弘へのインタビューでは、人骨のDNA分析など、理化学的な分析手法の発展によって学際研究が進み、既存の仮説が覆されているという、研究の最前線の状況がエキサイティングだ。

結果的に、『読む』が提示する「自由な発想の独立研究者VS頑迷で権威主義的な専門家」というステレオタイプな図式や、「論証」に達していない、しかしわかりやすい一貫性を備えたファストな「物語」は否定される。だがこうした問題に対して私たちが、文字通りの「読む」力、リテラシーの抵抗力をいかに養ってていくのか、改めてあらわになった課題は大きい。

『普賢菩薩像』
『普賢菩薩像』

『国宝 普賢菩薩像 令和の大修理全記録』東京国立博物館監修(東京美術・2970円)

東京国立博物館の絵画部門で列品番号Aの一番を背負うのが、『普賢菩薩像』(平安時代、国宝)だ。本書はその3年に及ぶ解体修理を記録したマニアックなドキュメント。なかでも「修理総括座談会」は文化庁の担当者から東博、外部の研究者まで、驚くほど率直で貴重な証言が語られる読みどころだ。

橋本麻里さん(斎藤良雄撮影)
橋本麻里さん(斎藤良雄撮影)

〈はしもと・まり〉 神奈川県生まれ。新聞、雑誌への寄稿の他、NHKの美術番組を中心に日本美術を楽しく、わかりやすく解説。

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