ベトナム中部ダナンのリゾートホテル、ダナン三日月で5日に行われた第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負(産経新聞社主催、ヒューリック特別協賛)の第1局は現地でも大きな注目を集めた。日本の将棋のタイトル戦がベトナムで開催されるのは初めてだっただけに、現地メディアも相次いで報じ、日本文化の発信という意味合いでも画期的な開幕局になったといえる。
同局は、最年少で名人獲得と7冠を達成したばかりの藤井聡太棋聖(20)=竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将=に、佐々木大地七段(28)が挑み、藤井棋聖が先勝した。「日本の将棋対局、初めてベトナムで開催」。ベトナムプラスなど複数の現地メディアはこう見出しを付け、「(今回の対局は)この知的なスポーツをベトナムに広めるために企画された」「(日本とベトナムの)外交関係樹立50周年を機に、両国国民の間の友好の架け橋としても役割を果たす」などと伝えた。ベトナムテレビジョンも藤井棋聖やダナン三日月を紹介する映像を流した。
ベトナムは国民の平均年齢が約30歳と若く、約1億人の人口は2050年頃まで増え続けると見込まれている。22年の実質経済成長率は8・02%と高く、経済発展に伴い中間所得層も厚みを増しており、市場としての魅力は大きい。
中でも対局が行われたダナンは東西経済回廊の起点で貿易・物流面の中心地と位置付けられ、日本企業の投資も活発だ。
日本政府も「自由で開かれたインド太平洋」の実現という外交方針の下で、ダナンを戦略拠点として重視しており、20年に開設した在ダナン領事事務所を22年に総領事館へ格上げした。
ベトナムでの将棋の普及はまだこれからという段階だが、有数の親日国として日本文化への関心は高い。矢ケ部義則総領事はダナン対局について「ベトナムにおける将棋普及の大きなきっかけとなり、日本や日本文化への理解の促進につながる」と意義を認める。
文化というソフトパワーの海外での浸透は日本企業の進出を後押しする効果もある。それは自国だけでなく相手国にも大きな利益をもたらす。ダナン対局の現地での報道ぶりはベトナムの日本に対する期待感の表れとみて間違いない。(東京文化部長 本田誠)