小林繁伝

登板前日、なじみのおでん屋に飛び込んだ 虎番疾風録其の四(239)

懐かしの巨人多摩川グラウンドで投げ込む阪神の小林投手=昭和54年3月30日
懐かしの巨人多摩川グラウンドで投げ込む阪神の小林投手=昭和54年3月30日

小林のオープン戦最後の登板は3月31日の大洋戦(横浜)。チームは前日に東京入りし、巨人多摩川グラウンドを借りて練習した。

小林はチームと〝別行動〟を願い出た。なんと、驚く虎番記者たちを引き連れ、練習前に多摩川土手にあるおでん屋さん「小池商店」へ飛び込んだのだ。

「おばちゃん、きたよ」

「あら、小林さん! 元気そうで…。心配したわよ」

「あれからちょうど2カ月だね」

阪神へのトレードを通告された昭和54年1月31日の前日も小林はこの店でおでんを食べていた。

「おばちゃん、ここで着替えてもいい? あ、そうそう、たまっていたツケも払っとかなくちゃね」

巨人入団当初、小林はご飯をギューッと詰め込んだ弁当箱を2つ持って、合宿所からバスで1時間かけて多摩川グラウンドに通った。練習後、おなかがすき過ぎて合宿所までもたない。そんなときお店に飛び込んで、おでんや焼きそばをたらふく食べたという。

忘れられないのは50年秋の「事件」(第74話)だ。秋季練習のある日、杉下投手コーチの怒りを買った小林はどしゃぶりの雨の中を走らされた。3時間がたち、もうそろそろ許してもらえるかな―と練習場へ戻ると、コーチも仲間たちも誰もいない。

「どういうこと? これが杉下さんのやり方なの?」。小林はキレた。

「こんなコーチとは一緒に野球をやっていけない。辞めてやる」とグラウンドを飛び出した小林は、ずぶぬれのまま「小池商店」へ飛び込み「こんなユニホーム、着てられるか!」と脱ぎ捨てた。そのとき―「何いってるの! そんなことを言っちゃいけないわ。大変な思いをして巨人に入ったんでしょ」と拾いあげてくれたのがおばちゃんだった。

阪神のユニホームに着替えた小林は「また来るから」とグラウンドへ走っていった。懐かしい多摩川グラウンドのブルペン。だが、マウンドに上がった小林の顔からはもう感慨が消えていた。

フォークボール、シュート、スライダーと変化球をまじえて約40球を丁寧に投げ込んだ。

「この前は登板前に投げ過ぎてやられちゃったから、きょうは軽くしました。ヒジ? もう大丈夫です」

小林は最後のオープン戦に臨んだ。(敬称略)

■小林繁伝240

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