6日に開催された第70回産経児童出版文化賞の贈賞式で、秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが述べられたお言葉は以下の通り。
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本日、「第70回産経児童出版文化賞」の贈賞式が開催され、皆さまにお会いできましたことを、大変嬉しく思います。はじめに、各賞を受賞された皆さまに心からお祝いを申し上げますとともに、これまで児童出版の分野で力を尽くしてこられた皆さまに深く敬意を表します。
本を読むことで、様々な想像をしたり、新しいことを知ったり、考えを深めたりすることができます。夢中になるひとときや、くつろいだ時間を過ごすこと、本を読む時間が心の支えになることもあると思います。幼少期に始まり、生涯にわたって多様な本に接する経験は、大切な宝物になるのではないでしょうか。
「産経児童出版文化賞」は、子どもたちに良質な本と出会ってほしいという願いを込め、幅広いジャンルから魅力的な本を選ぶ役割を担い続け、このたび、第70回の節目を迎えました。本年は4203点の対象作の中から10作品が選ばれました。読書の楽しみの一つは、読んだ人が、それぞれの感想を持てることだと感じます。これから受賞作を読む方の楽しみをお邪魔しないように気をつけながら、各作品についてお話したいと思います。
大賞の『新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい』は、20年以上前から続いているシリーズの4作目です。タクシーの運転手とお客さんのやりとりから、あたたかな心のつながりが伝わってきます。思わず笑顔になったり、登場人物の悲しみを感じたりしながら読みました。柔らかく、懐かしさのある挿絵は、見る度にやさしい気持ちにさせてくれます。巻末にある、作者が思い出すままに綴った文章を読んだ後、最初からもう一度読み直すと、それぞれの物語が一層心に染み渡りました。
『「オードリー・タン」の誕生』では、幼い頃から様々な困難に直面しながらも決してあきらめず、周囲や社会の人々がそれぞれに抱える問題の背景を理解しようとし、仲間と協力しながら、社会を良くしようと歩み続ける主人公が描かれています。その姿に、勇気づけられる人も多いのではないでしょうか。主人公のことを思い、寄り添う人たちがいたことも、とても大きなことだったと感じました。
『ぼくとお山と羊のセーター』は、作者が、70年近く前に里山で暮らしていたころを描いた絵本です。家で飼っている羊の毛から作られるセーターを楽しみに過ごした春夏秋冬が、温かく力強い絵とともに描かれています。里山の暮らしの香りまでも、伝わってくるように感じました。
『川まつりの夜』は、「おじいちゃん」の家に遊びに来た主人公が、不思議なおまつりに迷い込む物語です。夜空へと泳ぎだす金魚や、踊るザリガニやカエルが、透き通るような色で描かれています。私も幼いころ、家の近くの池で、ザリガニやカエルを飽きずに見つめていたことを思い出しながら読み進めました。
『ひろしまの満月』では、広島郊外の家で長生きをするカメが、小学2年生の子どもに、自分の記憶を語ります。原爆による被害を、現代に生きる子どもたちに、受け止めやすい形で伝えるよう工夫された作品ではないでしょうか。「いのちのあるうちに、だいじなことは、だれかにつたえておかなくちゃ」と思うカメが語る「戦争は、かなしみのもとです」という言葉は、多くの子どもたちに伝えたい切実な思いだと感じました。
『エツコさん』は、6つの短編からなる、記憶をめぐる少し不思議な物語です。認知症になったエツコさんの不安や周囲の心の動きなども、やさしい表現で描かれています。「おばあちゃん、ちゃんとここにいるんだね」とつぶやき、エツコさんの手を握る孫の姿が印象的でした。穏やかな表情の挿絵も魅力的です。
『なりたいわたし』は、学童クラブに通う小学3年生の友情と自立を描いた物語です。主人公は、あこがれの幼なじみやほかの仲間と距離ができてしまう中で、どうすればなりたい自分になれるのかを真剣に考えます。みんなと一緒でなくてもいい、自分は自分、と思ったところから、主人公が自分らしく進む道が開けたように感じました。
『カメラにうつらなかった真実』は、第二次世界大戦中のアメリカで強制収容所に収容された日系人についての写真絵本です。それぞれ異なる立場の3人の写真家が撮影した写真や、絵と文章によって、当時の状況が解説されています。強制収容所で過ごした人々の気持ちや、「善良な市民」であることを示そうと「笑顔を作りました」という言葉が胸に迫りました。
『ことばとふたり』では、言葉のある世界で暮らす生き物と、言葉のない世界で暮らす生き物が、出会い、親しくなっていく様子が、鮮やかでユーモラスな絵とともに表現されています。自分と異なる世界に暮らしてきた誰かと仲良くなり時を共に過ごすことの素敵さを、しみじみと感じました。
奨励賞の『貝のふしぎ発見記』は、貝に秘められた数多くの秘密を発見した気持ちになりながら、興味深く読みました。
本日受賞された皆さま、改めましておめでとうございます。本年も、このように多様な児童書が表彰されますことを大変喜ばしく思います。これからも、良質な本が数多く出版され、広く紹介されていくことを楽しみにしております。
最近は、障害、家庭や経済の状況、図書館へ行くことの難しさなどにより、本を買ったり借りたりすることや、本を読むことに困難を感じている人が、読書を楽しみやすくなる環境を整備するため、色々な取り組みが行われています。このような努力が実を結び、多様な本がより多くの人たちの手に届くことを、誰もが、様々な方法で隔たりなく読書をできる環境になることを願い、贈賞式に寄せる言葉といたします。