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サミットでも注目の「没入型技術」 日本独自の〝没入しすぎないイヤホン〟世界へ

NTTソノリティが開発したオープンイヤー型イヤホン「nwm(ヌーム)」。音漏れを抑え、周りからの音も聞こえる独自技術を採用した=令和4年11月、東京都渋谷区(岩崎叶汰撮影)
NTTソノリティが開発したオープンイヤー型イヤホン「nwm(ヌーム)」。音漏れを抑え、周りからの音も聞こえる独自技術を採用した=令和4年11月、東京都渋谷区(岩崎叶汰撮影)

インターネット上の仮想空間「メタバース」に代表される「没入型技術」が新たな展開を見せ始めている。没入感が高く現実に近いとされる世界などを実現するこの最新技術は5月に広島で開催された先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)でも取り上げられた。従来は周りから完全に遮断してゴーグル型端末で映像、イヤホンで音楽を楽しむのが主流だ。それが最近では、没入しすぎて生じる不便さから見直され、イヤホンでは周囲の音も同時に聞くことができる「共存型」製品へ注目がシフトしてきているという。

「全ての産業や社会部門に革新的な機会を提供し、持続可能性を促進しうるメタバースなどの没入型技術の潜在性を認識する」

G7広島サミットの首脳宣言では没入型技術についてこう指摘。今後、産業や社会を大きく進化させる潜在的な価値に注目しているとの認識を各国で共有した。

実は、サミットではデジタル技術の中でも、文章や画像を自動作成する生成人工知能(AI)に各国首脳がどう迅速に対処するかに強い関心が集まった。生成AIが急速な進化を続け、社会の各方面への影響も増し続けているからだ。

没入型技術については、AIに比べると関心も利用も高まっているとは言いにくい状況だ。メタバースに力を入れるため社名を変更した米メタ(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)ですら、今年2月の会見で「生成AIのリーダーになる」との目標を掲げたほどだ。同社の2022年度のメタバース関連事業の損失が2兆円近くに達したこともあり、ザッカーバーグ氏の関心が生成AIに移っているとの見方もある。

そんな環境下でもG7首脳宣言が没入型技術に注目したのは、生成AIを取り込むことによって大きく進化する可能性があるというのが理由の一つだ。

特にメタバースでは、生成AIにより自分の分身であるアバターが現実に近いものになるだけでなく、利用する文章もより自然なものになり、使い勝手がよくなるのは確実だ。近い将来、メタバースがネット上のコミュニケーションの姿を一変させる可能性もある。3次元(3D)技術をフル活用するメタバースは社会インフラ整備などのシミュレーションに活用する産業用途にも期待が高まっており、生成AIはシミュレーションの精度を格段と向上させることになりそうだ。

一方、没入型技術で比較的利用が進むのは、周囲の雑音を除去して音楽に浸ることができる「ノイズキャンセリング」機能を持ったイヤホンだろう。米アップルのイヤホン「AirPods(エアポッズ)」がその代表格で、日本勢ではソニー製品の人気が高く、しのぎを削っている。

新型コロナウイルス禍で定着したオンライン会議によりノイズキャンセリングイヤホンは拡大したが、意識を集中できるあまり周りの音が聞こえないという不便さに対する解決策を求める声も高まった。

NTTソノリティが開発したオープンイヤー型イヤホン「nwm(ヌーム)」=令和4年11月、東京都渋谷区(岩崎叶汰撮影)
NTTソノリティが開発したオープンイヤー型イヤホン「nwm(ヌーム)」=令和4年11月、東京都渋谷区(岩崎叶汰撮影)

こうした中、NTT傘下で音響関連事業を手掛けるNTTソノリティ(東京都新宿区)が、周囲の音も同時に聞くことができ、かつ音漏れを抑えたオープンイヤー型イヤホン「nwm(ヌーム)」を開発・発売した。耳をふさがないタイプのイヤホンで音が漏れないというのは画期的だ。

人間の耳は、イヤホンやスピーカーからの音の波で鼓膜が振動させられることで音を感じる。音の波には波の形が正反対になっている「正相」と「逆相」があり、これを混ぜると波同士が打ち消し合って音が消える。正相がプラスの波で逆相がマイナスの波だったとすると、それぞれ同じ値なら組み合わせるとゼロになるというイメージだ。本来なら逆相の干渉を防ぐようにするが、nwmではこの原理を応用、あえて逆相を出すポート(穴)を配置して工夫を凝らしたことで、耳元付近で音を閉じ込めることに成功した。

長谷川潤プロダクト部長は「誰もが知っている技術だが誰もやっていなかった」と〝逆転の発想〟から生まれたことを強調した。ただ、試作品を200以上作るなど製品化にはかなりの苦労があったという。

没入型の製品は世界的にエアポッズを先頭に競争が激しい市場となっているが、没入しすぎない共存型の製品は各国であまり普及していないとされる。

イヤホンの世界市場の規模は4兆円といわれる。坂井博社長は「(市場規模の1%に当たる)400億円が2025年の売り上げ目標」といい、「共存型はこれからなので勝負できる。決して無理な数字ではない」と自信を示す。

メタは今後、現実世界と仮想現実(VR)を組み合わせたサービスを楽しむことができる複合現実(MR)に対応したゴーグル型端末を投入する方針。現実世界の音も同時に聞くことができる共存型イヤホンとの親和性は高く、MRサービスがブレークスルーのきっかけになるかもしれない。

NTTソノリティの共存型イヤホンは従来技術を応用させるという日本のお家芸の結晶でもある。nwmが、没入型が席巻する海外市場でどこまで受け入れられるか。日本のテクノロジー業界にとっての今後の試金石となりそうだ。(大坪玲央)

ニッポン放送とコラボ

ニッポン放送と連携し、ITネット業界で話題のテーマを毎月紹介します。ニッポン放送は「産経ニュース」配信後に随時、ポッドキャストで同様のテーマを取り上げます。今回の新たな展開を見せる没入型技術については、記事中で触れたNTTソノリティの社長インタビューを7月中旬に配信する予定です。

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