日本がデフレに陥ってから、それまであまり聞いたことのなかった用語が金融政策の議論で頻繁に聞かれるようになった。「量的緩和」「マイナス金利政策」「イールドカーブ・コントロール」がその代表である。金融政策とは、本来は景気や物価の状態を見ながら政策金利(短期金利)を調整することが基本だが、政策金利を0%にまで下げてもデフレが止まらなかった。そこで日本銀行が国債などの資産を大量に購入して市場に大量に資金を出す、これが量的緩和である。そして、政策金利をマイナス水準にまで下げるのがマイナス金利政策。本来は市場の需給で決まるはずの長期金利を、日銀の介入によって強引にコントロールしようというのがイールドカーブ・コントロールである。
現時点で、日銀はこれら金融緩和策を維持している。デフレが物価や賃金の上昇が続く局面へ移る中、特例とも言うべきこれらの政策は維持されるのか市場関係者は強い関心を持って見ているが、日銀の政策が変更されれば、市場金利が上昇して債券価格が大きく下がる懸念もある。多くの債券を保有する金融機関に影響も及びかねない。だから日銀も安易な政策変更には慎重にならざるを得ない。
ただ、物価の動きは金融政策の変更を促しているようにも見える。昨年末に4%台にまで上がった食料品を除く消費者物価の上昇率は、政府による補助政策で電力料金の伸びが抑えられた影響もあって3月に3・1%まで下がったが、4月には再び3・4%まで上がった。今年度の半ばにかけて2%を切るという日銀の予想は、にわかには信じ難い動きとなっている。
一方、世界的なエネルギー価格上昇は落ち着いてきたように見えるし、原材料やエネルギー価格が物価を引き上げる流れは少しずつ弱まることも期待はしたいが、やはり、企業による価格転嫁の動きがすぐに収まるようには思われない。6月からは電力料金も大幅に引き上げられる。その上、賃金が上昇を始めており、人手不足が深刻化しているので賃金上昇圧力は続くだろう。
日本経済はここに来て物価上昇の動きが顕著になってきた。国民にも物価が上昇していくという実感が広がっている。
日銀は10年間、黒田東彦前総裁の下、大規模な金融緩和策を遂行してきたが、そのマイナスの副作用も大きかった。こうした異例の政策が植田和男新総裁の5年間もずっと維持されるとは考えられない。焦点は、政策を変更するかどうかではなく、いつ変更するのかに移っているし、そのタイミングはそんなに先であるとも思われない。そして物価の動きがそうした変化を促す最大の鍵になるだろう。
7月には日銀の新しい物価見通しが公表される。過去の展開を見ると、物価見通しは少しずつ引き上げられてきている。金融政策を変更するにはまだ物価の基調は弱いというのが、日銀が政策変更しない理由となっているが、足元の物価の動きは、そうした日銀の見通しに疑問を感じさせる動きになっている。 (いとう もとしげ)