メンバーの希望や相性、経験値など複雑な要素が絡み合うシフト管理に頭を悩ませる管理職は多い。近年では作業効率化のためのロボットを組み合わせるケースも増えており、複雑さに拍車がかかるが、このシフト管理に貢献し、働き方改革に寄与すると期待されているのが量子コンピューターの技術だ。取り組む企業は「たくさんの条件から良いものを選ぶ『組み合わせの最適化』には、量子コンピューターの仕組みは有効」と意気込む。
シフト管理の現場となったのは、スーパーを展開するマックスバリュ東海の長泉工場(静岡県長泉町)。量子コンピューターの商用サービスを手掛ける「グルーヴノーツ」(福岡市)が日本惣菜(そうざい)協会(東京)と連携し、惣菜製造の現場で従業員とロボットを組み合わせた勤務シフトを作成した。
同工場は惣菜の調理や盛り付けを行っており、1日あたり約150種類を作り、周辺約120店舗に配送している。
工場では形や柔らかさが異なる惣菜を見栄え良く盛り付ける必要があるが、粘着力のあるポテトサラダと水分の多い酢の物を、同じ機械がつかんで指定量を盛り付けることは難しく、機械化が進まずに作業の大半を人手に頼ってきた。
一方で、労働力不足が課題となる中、同社は昨年、自動盛り付けロボットを導入し、まずはポテトサラダで盛り付けを機械化。今後、他の惣菜での応用も検討している。
そこで新たなテーマとなるのが、従業員とロボット混成の最適なシフト作成だ。工場では勤務時間や休日が異なる約150人が勤務し、多様な惣菜を扱う上、ポテトサラダ一つとっても小・中・大・増量など複数の量がある。作業スピードがベテランと新人で異なることもあり、諸条件を考慮して配置計画を作成するために量子コンピューターに目が向けられた。
「惣菜業界ではロボットを導入しやすい環境に変革することが欠かせない。人手が少なくても生産が維持できるような、業界の共通基盤がつくれないかと相談を受けた」。日本惣菜協会と協議したグルーヴノーツの最首(さいしゅ)英裕社長はこう語る。
同社は量子コンピューターや人工知能(AI)を活用し、企業などが実務に利用できるプラットフォーム「マゼランブロックス」を開発・提供している。必要なデータを入力すると勤務シフトの作成のほか、需要に応じた最適な生産体制づくり、輸送での移動距離の最小化など幅広い業界で求められる最適解を自動で導く。カナダのメーカーにある量子コンピューターにデータを送受信し、情報処理している。
従来のコンピューターは入力条件が多くなるほど計算に時間がかかる課題があったが、量子コンピューターは物理現象で答えを出すため、条件が多くても多数の組み合わせから短時間で最適解を得られる。組み合わせパターンが数千万に上る場合でも答えを出す時間はほぼ変わらず、勤務シフトでは、希望する有給休日の確保や最大連続勤務の考慮といった複雑な条件を反映させるなどの対応が比較的しやすいという。
物理現象で答えを導くことについて、最首氏は「例えば床のへこんでいる部分を調べたいとき、従来のコンピューターは基準点からの距離を測って低い所を見つけるが、量子コンピューターは水をまいて、水がたまったところが低いと分かる。計算ではなく観測でぱっと答えがでるイメージ」と解説する。
長泉工場ではロボットラインを含む約50人分の勤務シフトを作成。契約時間や休日、日別の必要人数などのほか、従業員の生産力として惣菜の1時間あたりの製造量(盛り付け可能量)を調べ、条件として入力。量子コンピューターでの処理時間は10万分の1秒程度といい、データの取り込み、シフト表への変換など前後の工程を含めても約10分でシフトが完成した。
これまでは工場の責任者がシフトを作成しており、マックスバリュ東海は「手作業でのシフト作成が削減でき、その分の時間を商品開発などより付加価値の高い仕事に活用したい」と意欲をみせる。
グルーヴノーツによると、建設現場でダンプの運搬ルートを最適化することで、車両を増やすことなく1日あたり輸送量の1割増が可能となった例もあるという。
今年3月、理化学研究所などが開発した国産初の量子コンピューターが稼働し、話題となった。実際の現場でも活用例が増え、労働力不足解決の手段となるか注目される。(一居真由子)
量子コンピューター 従来のコンピューターが「0」と「1」の組み合わせで計算するのに対し、0でも1でもある「重ね合わせ」という特殊な性質を使って、大量の情報を一度に処理することができる。人工知能(AI)の開発や創薬、金融など幅広い用途が見込まれる。ただ、制御技術が発展途上で計算時のエラーが多いことや、小型化・集積化などに課題もある。