覚醒の予感が漂い始めている。パ・リーグのホームランキング争いでトップに立つ(5月31日現在=11本塁打)のは日本ハム・万波中正外野手(23)。プロ5年目の若武者が長距離砲の素質を開花させ始めた。
6試合ぶり、今季4度目の4番に座った交流戦初戦のヤクルト戦(5月30日=エスコンフィールド北海道)ではプロ入り初の2打席連続本塁打。31打点もトップの栗原(ソフトバンク=32打点)に次ぐリーグ2位だ。「本当にいいところで打てた。ちょっと自分を褒めてあげたい」と話す万波に対して、新庄剛志監督は「去年とはまったく違う万波君が出ている。(4番に)固定します」と手放しで褒めていた。
万波はチーム50試合消化時点(23勝27敗の4位)で48試合に出場。打率2割5分9厘、11本塁打、31打点で二塁打18本はリーグでダントツ。大きいのを打てるし、走力もある。球界に新たなスター誕生…と思わせるスケール感があるが、見逃せないのは素質が開花し始めた背景だ。
父親はアフリカ大陸中央に位置するコンゴ民主共和国生まれ、母親は日本生まれ。リトルシニア時代には身長は190センチに達した。陸上競技では100メートル障害や砲丸投げで好記録を連発し、もちろん、野球でも投げると140キロ超え、バットのスイングも時速150キロを超えた。身体能力は抜群だったが、過去のプロ4シーズンでは昨季の100試合に出場、打率2割3厘の14本塁打、40打点が最高の成績。好不調の波が大きく、なかなか身体能力を打撃に生かすまでには至らなかった。
万波が今季、巡り合ったのが阪神時代は「代打の神様」として他球団を震え上がらせた八木裕打撃コーチだ。新庄監督が昨年オフに「チームに勝負強さを植え付けたい。本当は監督1年目からすぐに呼びたかった」と三顧の礼で招いた。
八木打撃コーチは春季キャンプ、オープン戦で万波の資質を評価し、シーズンに入ると「同じチャンスを与えるのであれば、より可能性の高い打者に与えましょう」と具申。スタメン定着を求めた。もちろん、起用を求めたからには結果も求められる。ならば、シャカリキに打撃を指導しているのか…といえば逆だ。八木打撃コーチは「指導はできるだけしないようにしている」と話した。
では、万波に対して、何をどう導いているのか…といえば「打席での精神状態を良くする努力」と「自己評価を低くしないこと」を常に話している。つまり、打撃の技術的な部分にはほとんど口を挟まず、打席に入った際の気持ちの持っていき方や、相手バッテリーとの駆け引きの部分に重点を置いた指導を行っているのだ。内面をガラリと変える指導の結果が数字となって表れてきた。
現役時代は熱狂的な阪神ファンが注目する中、わずか1打席で最高の結果を求められ続けた。打席の中では相手の配球を読み、少ない失投をひと振りで仕留める〝至難の業〟をやり遂げて来た。なので「神様」と呼ばれた。「打席の中に入ったら、自分の打撃フォームのことなんか気にしていたら打てない。タイミングを崩そうとする相手バッテリーとの駆け引きに勝ち、いかに投手を打ち崩すか…に集中しないといけない」とは八木打撃コーチがよく口にしていた。万波も打撃フォームをアレコレと悩むのではなく、打席に入れば「神様の極意」に導かれるようにバットを振る。
球界には形を教えたがる打撃コーチはいっぱいいる。それとは全く違うタイプの打撃コーチと出会えたことが良かった。ずば抜けた身体能力と打席での心構え、集中力が兼ね備わりつつあるからこそ快音を響かせ続ける。万波中正のバットは交流戦でもセ・リーグ各球団の脅威となる。(特別記者)
植村徹也
うえむら・てつや 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。