タイ政治はクーデターの歴史だ。政局混乱や改革派伸長のたびに軍がクーデターを発動して実権を握り、国王が追認してきた。2016年の死去まで70年在位し、国民に絶大な信頼を得ていたプミポン前国王だが、誕生した軍政に正当性を与えてきた存在だといえる。王室と軍が近い関係を保ち、政治に影響力を及ぼす「タイ式民主主義」と呼ばれる独特の政治体制が続いてきた。
14日投開票の下院総選挙で革新派野党「前進党」が第1党となったことは、タイにとって歴史的な事件だといえよう。親軍政党や、農村部で支持が強いタクシン元首相派「タイ貢献党」を抑えての躍進は事前の予想を覆すものだった。
前進党が公約として掲げているのは、軍事費削減や王室への侮辱を禁じる不敬罪の改正だ。保守層が厚いタイにあって、一部の王室支持者が「卒倒しそうなほど」(地元記者)の先鋭的な思想である。それでも前進党が躍進したのは、有権者が軍政の流れをくむプラユット政権だけでなく、タイ式民主主義そのものを拒んだためだ。前進党支持者の中心は、タイ経済が伸び悩む中で王室や軍を既得権益層と見なす若者だ。