「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

岡田流「孫子の兵法」が快進撃の原動力、セ・パ交流戦でも持続なら18年ぶりVが見える

選手交代を告げる阪神・岡田彰布監督。敵将の性格を分析した采配がさえわたる=甲子園球場(水島啓輔撮影)
選手交代を告げる阪神・岡田彰布監督。敵将の性格を分析した采配がさえわたる=甲子園球場(水島啓輔撮影)

岡田流「孫子の兵法」がパ・リーグ6球団を鎮圧するならば、セ界制覇は一気に現実味を帯びます。15年ぶりに阪神監督に復帰した岡田彰布監督(65)率いる阪神は28日の巨人戦(甲子園球場)に4対1で勝ち、巨人戦3連勝。ここ16試合は7連勝、8連勝で15勝1敗という破竹の勢いです。選手達の活躍はもちろんですが、光るのは岡田流のベンチワーク。相手監督の性格や采配の傾向を見抜き、選手達を巧みに操る試合運びで勝ち続けています。敵を知り己を知れば百戦危うからず-の孫子の兵法を現代の野球界に持ち込んだかのような采配です。きょう30日からのパ・リーグ交流戦18試合でも進撃が続くならば、首位独走→18年ぶりVが見えてきますね。

偶然の産物ではなく、本物の強さ

1984(昭和59)年のシーズン途中から阪神を取材している身として、過去39年の戦いを振り返ってみても、これほど盤石で強いタイガースはなかなか思い出せませんね。5月に入り、投打の歯車はガッチリ嚙み合い、18勝4敗。特にこのところの16試合は7連勝の後、ひとつ負けてそこから8連勝。連勝の反動があるどころか、昨季の優勝チーム・ヤクルトに敵地の神宮球場で3連勝し、本拠地の甲子園球場では巨人にも3連勝。これは単なる調子の良しあしとか、偶然の産物ではなく、本物の強さが備わった証拠ですね。

「今のタイガースは岡田の魔法の絨毯(じゅうたん)の上にチーム全員が乗っていて、岡田の魔法の杖(つえ)に導かれて、あれよあれよと勝っている。気がついたら、こんなに勝っているんだ…と選手達も驚いているのではないか」

阪神OBの一人はそんな表現をしていましたが、ある意味で見事に「強いタイガース」の核心を突いている言葉だと思います。

阪神は46試合を消化した時点で31勝14敗1分けの貯金17です。2位のDeNAとは6ゲーム差の首位。チーム打率の2割5分3厘はリーグ2位。得点189はリーグトップ。防御率2・64、131失点はいずれもリーグトップの成績。23盗塁はリーグ2位。犠打36はリーグ最多です。チーム成績を列挙すれば投打ともに素晴らしく、投手は頑張り、野手は打って機動力も使えて、投手を援護する好循環が続いています。

グラウンドで選手達が躍動しているからこそ、岡田特急は快速で走り続けているわけですが、その背景には「魔法の絨毯の上に選手達を乗せて、魔法の杖で導く」岡田監督の采配の妙があるということは、チーム内外、ファン全員が一致して認めるところでしょう。

岡田監督は敵将を分析、丸裸に

特に26日からの巨人3連戦では、巨人・原監督の采配がことごとく裏目に出て試合の流れを見逃さずに自軍に呼びこんだ岡田采配が絶賛されました。初戦は巨人の先発・横川が六回まで好投しているにもかかわらず、原監督は継投策に出て失敗。2戦目はグリフィンの好投を〝演出〟していた大城捕手に代走を送って勝負をかけた原采配がこれも裏目。逆に接戦でもまったく慌てず、動ぜず、じっと勝機を待っていた岡田采配が本拠地3連勝を演出したと言ってもいいでしょう。

まさに風林火山です。動く時は風のように動き、林のように静かに構え、火のような激しい勢いで侵略し、山のようにどっしり構えて動かない。戦国武将の武田信玄が軍旗に書いた兵法を連想させるかのようなタクトです。そして、この風林火山こそ、中国春秋時代(紀元前770~221年)に存在した軍事思想家・孫武の作とされる兵法書「孫子」の一節を略称したものですが、そこでハタと膝を打ちました。阪神のチーム関係者から岡田監督が「孫子の兵法」を用いているかのような言動を行っている-と聞いたことがあるからです。

岡田監督はコーチ会議や雑談の中で、よく他球団監督の性格や采配の傾向、特に投手の起用法などを〝評論〟し、分析して見せているそうです。巨人の原監督をはじめ、ヤクルトの高津監督、DeNAの三浦監督や中日・立浪監督、広島の新井監督らの采配の特長を語り、また監督同士の少ない会話の中から、相手の腹の中を見抜いているというのです。「あの監督の投手起用はここがダメやな」とか「あの監督はこの前、こんなことを言うてきた。俺なら絶対に言わない言葉や」とか…。敵将を〝丸裸〟にしているといいます。

敵将の采配、戦術を研究し、相手の言動で性格を見抜き、癖を知る-。自分だけがそれを脳裏にインプットするだけではなく、配下のコーチ陣とも共有することが、ベンチワークに生きます。投手コーチなら「あの時、監督は相手監督のことをこう話していたから、そろそろ投手交代を考えているかもしれない」とリリーフの準備に取り掛かかるでしょうし、打撃コーチならば「相手監督の傾向をこう話していたから、これは左のリリーフをつぎ込んでくるかも。右の代打の準備が必要だな」とか…。監督に言われる前にそれぞれが次の手に備える参考になるわけですね。

孫子の兵法で有名な一節は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。敵の実力と自分の実力と両方をきちんと知っていたら、戦いにおいて負けることはないーという意味です。セ・リーグ5球団の監督の性格や采配のクセを知り尽くして、自軍の戦力を把握しておけば「百戦危うからず」というわけですね。相手ベンチの考え、動きを見抜いて、まるで詰将棋のように自軍の駒を適材適所で起用すれば、おのずと結果は勝ち続ける…。岡田監督流の「孫子の兵法」が巧みなベンチワークの裏に隠されているというわけです。

交流戦でも快進撃なら「アレ」が見える

さあ、きょう30日からはパ・リーグ6球団との交流戦18試合です。まずは敵地ベルーナドームでの西武3連戦。そこからロッテ、楽天、日本ハム、オリックスで最後はソフトバンクですね。岡田監督の頭の中にはパ・リーグ6球団の敵将のデータがどこまであるのでしょうか。ここまでの40試合少々の采配の傾向や投手の起用法などはスコアラーから取り寄せているでしょうが、それぞれの性格まで知っていますかね。ただ、岡田監督の球界人脈は豊富で、例えば日本ハムの新庄監督のことなどは知り尽くしているでしょう。元阪神で同時期にプレーした関係ですから。心配するには及ばないかもしれません。

ペナントレースにはいくつかの節目があります。この交流戦も大きな節目のひとつで、過去には交流戦で急上昇するチームもあれば急降下のチームもありました。先週書いた球団内部の「失速のトラウマ」は、こうした過去のデータを心配した声でもあります。しかし、岡田阪神が交流戦でも「孫子の兵法」を用いて18試合を勝ち越すならば、もう怒濤(どとう)の勢いで後半戦に入っていけるでしょう。その時こそ、18年ぶりのリーグ優勝の輪郭がクッキリと浮かんできます。

天地人といいます。背後の阪急阪神ホールディングスの人事の流れ。敵が総崩れしていく流れ。配下の選手達の急成長…。どこを取っても「岡田孫武」に追い風が吹いています。

植村徹也

うえむら・てつや 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。

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