今年3月まで鳥取県広報課長を務めた女性(51)が県庁を退職し、6月から軽トラックを使った食品や日用品の移動販売を始める。折しも同県では、農協系スーパーマーケット16店舗の閉店が決まり、中山間の過疎地域を中心に移動困難などを理由とする「買い物難民」問題が急浮上。女性はスーパーが撤退する地域の一部を販売担当エリアとして抱えており、「必要とされている所に行って『ありがとう』と言ってもらうのを楽しみに頑張りたい」と意気込んでいる。
父の寂しそうな姿がきっかけ
「2年ほど前から移動販売の仕事をしたいと考えるようになり、思いが高じて昨年春、夫に打ち明けた」
こう話すのは、元県広報課長の入江左和代(さわよ)さん=鳥取市。きっかけは、運転免許証を返納し楽しみにしていた買い物ができなくなって寂しそうな父親の姿を見たことだった。
入江さんは高校を卒業して平成2年に県庁に入った。建築、観光、女性活躍などの仕事を経験し、昨年4月に広報課長に就任。都道府県庁の中で女性の管理職割合が7年連続1位の鳥取県で、活躍が期待される女性の1人だった。
県庁での仕事にやりがいはあったが、かねて「直接、人と接する仕事をしたい。困っている人がいたら直接何かをしてあげたい」という思いを抱いていた。観光課時代に県外で行った物産展で、販売の仕事に魅力を感じた。
「特産の長イモで作ったカマボコの販売でしょうゆを使った食べ方を提案したところ、商品を買ってもらえた。客とのやりとりが楽しかった」
入江さんが選んだ移動販売は全国展開している移動スーパー「とくし丸」。個人事業者が地域のスーパーとタイアップし、商品400~500品目1200~1500点を軽トラックなどの小型車両に載せて決められた地域を巡回。個人宅や集会所近くなどで店開きして販売する。売り上げに応じて一定の比率で収入が得られる仕組みだ。
相次ぐスーパーの閉店
県内では今年2月、鳥取市を中心とした県東部や倉吉市など県中部で、農協が展開するスーパーの閉店に向けた動きが相次いで表面化。東部ではJA鳥取いなばの子会社が経営する「トスク」全9店舗を今年7月末から9月末までに順次閉店。中部ではJA鳥取中央が展開する「Aコープ」など7店舗の8月から9月にかけての閉店が決まった。さらに米子市など県西部でもJA鳥取西部の子会社が運営する「Aコープ」4店舗について存廃の検討が行われている。
これを受けて、県内のスーパーが店舗継承の可能性を模索し、5月までに、倉吉市に本社を置くスーパーがトスク6店舗、中部のAコープ2店舗を引き継ぐことが決定。しかし、残りの東部3店舗、中部5店舗は引き受け手がないのが現状だ。
そのうちの1店「トスク河原店」がある鳥取市河原町は、入江さんが移動販売を予定しているエリア。このエリアも含めて実施した事前のチラシ配布では「移動販売があったら助かるわ」「今は車でスーパーに買い物に行けるけれど、年を取って将来は行けなくなる。そのときまで頑張ってね」などと、応援の声をたくさんもらったという。
入江さんは「必要とされている仕事なのだと実感した。この時期に移動スーパーを始めることで喜んでもらえるのは励みになる」と語る。
毎日100キロを移動販売
車などの移動手段がない買い物困難者にとって、自宅近くまで「店舗」が出張してくるのはありがたい。岡山県や鳥取県東部で「とくし丸」を運営する天満屋ストアから業務を委託されているハピーバラエティの川井伸郎社長は「カタログで商品を選び消費者の自宅に届ける移動販売はあるが、とくし丸は店が出向くスタイルなので、商品を見比べて選ぶ楽しみがある」と語る。実際、販売スタッフと会話しコミュニケーションを深める対面型の販売に親しみを感じる高齢者は少なくない。
川井社長は「入江さんは笑顔がよく、誠実さが感じられる。声も明瞭」と、移動販売スタッフとして満点の評価を与える。入江さんの業務開始は6月5日。それ以降、毎週月曜から金曜までの5日間で3市町を回り、毎日約100キロを移動販売する予定だ。
本番に向けて先輩の販売スタッフについて研修した入江さんは「人数が少ない場所で『来てもらうのが申し訳ない』と言われる人がいるが、そういう人、場所だからこそ、ぜひ移動スーパーを利用していただきたい」と話した。」(松田則章)