シン・令和阿房列車で行こう

第三列車 黒部の太陽編⑤中島みゆきは黒部の女神である

素掘りの高熱隧道を行く上部専用軌道のトロッコ
素掘りの高熱隧道を行く上部専用軌道のトロッコ

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さっきからサンケイ君が、しきりに首をかしげている。

「あまり熱くありませんね」

「そうだね」

定員10人のマッチ箱のような耐熱客車は、「高熱隧道」のハイライトである阿曽原―仙人谷間を走っている。

窓は構造上完全に閉まっているので、写真撮影のため扉を少し開けてもらったのだが、車内になま温かい風が吹きこんでくるだけ。サウナとはほど遠い。

前回紹介したように、トンネル工事中、岩盤の最高温度がセ氏166度を記録し、多くの死傷者を出したあの区間である。

実はサンケイ君、10年ほど前にも乗っており、そのときは阿曽原に近付くと、にわかに車内の温度が上昇。窓外に出したカメラのレンズもたちまち曇り、ほとんど撮れなかったという。

今回はご覧の通り、クリアに撮れている。

「実は『高熱隧道』は最近、高熱でなくなっているんです」

ガイドの黙阿弥さんが、申し訳なさそうに言う。いえいえ、熱が下がったのは、結構なことです。

前にも書いたように、上部専用軌道は、来年の一般開放を目指して安全対策工事を急ピッチで進めている。

以前から冷却用の導水管は整備されていたが、落盤防止のためトンネルの壁面にモルタルを吹き付けるなど補強工事を進めていくうちに、なぜか温度が下がったのだという。

ちなみに一般開放時には、客車が新造され、走行時には窓も扉も開かないんだとか。

「どこかのアトラクションのように、この区間を走るときは車内に霧を出し、暖房をかけて気分を出してはどうですか」

なかなかいいアイデアだと思うが、黙阿弥さんが、笑ってスルーしたのは言うまでもない。

仙人谷駅から仙人谷ダムを望む
仙人谷駅から仙人谷ダムを望む

なま温かかった車内の空気が、山の冷気に変わったと思ったら仙人谷駅だ。上部専用軌道唯一の「地上駅」で、降りることができる。目の前は、戦時中の昭和15年に完成した仙人谷ダムだ。新緑と雪山を背景とし、満々と水をたたえたダムは、完璧なまでに美しい。一般公開されれば、立山黒部アルペンルートに新たな魅力を添えるのは、間違いない。

次は終点の黒部川第四発電所前駅だが、駅の直前で黙阿弥さんが、再び扉を少しあける。

「ここも熱いんですか?」

「いえいえ、ここで中島みゆきさんが歌ったんです」

そうか、思い出した。

21年前のNHK紅白歌合戦で彼女は、この場所で黒部ダム建設の苦闘を扱った人気番組「プロジェクトX」の主題歌「地上の星」を熱唱したのである。

第4発電所の応接室には、極寒の中歌い上げ、疲れ果てた彼女が横になって休んだソファが、「みゆきベッド」として今も保存されていた。

みゆきファンにとっても「くろよん」は聖地の一つだろうが、「くろよん」で働く人々にとって中島みゆきは、女神なのだ。歌の力は本当に偉大である。明日は、謎のインクラインと黒部ダムのこころだぁ! (乾正人)

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