「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記

岡田阪神に無縁でありたい「失速」のトラウマ、鍵はフロント力

采配が的中し、首位を走る阪神・岡田彰布監督=甲子園球場(水島啓輔撮影)
采配が的中し、首位を走る阪神・岡田彰布監督=甲子園球場(水島啓輔撮影)

〝失速のトラウマ〟を今季こそ忘却のかなたへ! 阪神は5月に入り12勝4敗。40試合消化時点で25勝14敗1分けの貯金11で2位DeNAに2ゲーム差をつけ単独首位です。「アレ」(18年ぶりの優勝)の実現を予感させる勢いですが、球団関係者の誰もが「まだまだ…」「いやいや…」。リーグ優勝に向けた景気の良い言葉は出てきません。2005年の優勝以降、何度もシーズン中盤から失速して逆転V逸の憂き目に…。なので球団内には浮かれてはいられない気持ちが強く漂うのです。来週の30日からはパ・リーグとの交流戦。今後の課題を見つめるならば球団本部の役割が極めて重要です。ノーモア失速-ですね。

2位DeNAに2ゲーム差

ますます〝岡田特急〟の勢いが増しています。21日の広島戦(甲子園球場)も4対1で快勝。これで3カード連続の勝ち越し。5月に入り、12勝4敗の猛チャージです。岡田監督のタクトもさえ渡り、打つ手、打つ手が当たりますね。

チーム状況を見ると開幕投手の青柳が19日の広島戦(甲子園球場)で乱調。翌日に2軍落ち。抑えの湯浅も2軍で調整が続き、セットアッパーの石井も腰痛で2軍調整中。決して万全の状況ではないにもかかわらず、チーム防御率2・65はリーグトップ。115失点もリーグで最小。大竹や村上、伊藤将ら先発陣の安定した投球や、加治屋、岩貞、岩崎らのリリーフ陣の奮投が光ります。

打線も近本、中野、木浪に大山の4人が打率3割超えで、1番・近本は得点圏打率4割8分6厘の勝負強さ。佐藤輝も調子を上げてきたので、打線には切れ目がありません。チーム打率2割5分2厘は巨人と並びリーグ2位。161得点はリーグ3位です。チーム本塁打は本拠地が広い甲子園球場ということもあって、21本塁打のリーグ5位ですが、それだけ打線が〝線〟になって点を奪っている証拠でもあります。

選手の年俸満足度はセ・パでトップ

全てが順風満帆のチーム状況は、もちろん15年ぶりに阪神監督に復帰した岡田彰布監督(65)の選手起用や戦術があるからです。しかし、全てが監督の〝おかげ〟というわけではなく、球団フロントのあまり表に出ない努力の成果と言ってもいいでしょう。それは4月下旬に日本プロ野球選手会が発表した2023年の12球団年俸調査結果で明らかになっています。

球団別の支配下登録選手の今季平均年俸は、巨人が175万円増の6807万円で4年ぶりに1位に。同時に22年オフ(昨オフ)の契約更改交渉での選手の満足度を測るアンケート結果も昨年に続いて公表され、5段階評価で上位2段階(満足、大いに満足)の数値が12球団でもっとも高かったのは阪神の60・00%でした。阪神の平均年俸は4345万円で全体の7位だったのですが、満足度では1位に。阪神の60・00%という数値はアンケートを始めた2018年オフ以降で最高でした。

つまりどういうことか。選手たちは1円でも多く給料を上げてもらいたい…、球団は1円でも抑えたい…という契約更改の熾烈(しれつ)な攻防の中で阪神の選手たちは自分たちの仕事を球団に理解され、満足する評価を受けたと思っている人が大半だったわけですね。そして、気分良く今季に臨めている…とアンケートの数字は如実に示しているのです。選手会のアンケートに詳しい関係者は内幕をこう話しています。

「阪神の選手たちに話を聞くと、球団の幹部や査定担当がしっかりと選手たちから話を聞いている。査定の数値を示し、年俸額を示すだけの一方通行になっていない…ということだ。球団が選手たちの主張や言い分に耳を傾け、それぞれの立場や状況について理解を深めようと努力している」

嶌村聡球団本部本部長や横谷総一球団本部査定担当の契約更改でのしっかりとした対応が、選手たちの60・00%という、ある意味では驚異の数字に結び付いたわけですね。選手たちは野球をプレーするロボットではありません。人間としての感情があります。昨季は68勝71敗4分けの3位。17年連続でV逸の状況下でも、それぞれの仕事を認めてもらった「満足感」は当然ながら「次へのやる気」に直結します。今季、シーズン開幕から岡田監督の下、選手たちが泥にまみれてプレーする気力の源泉になったことは間違いないでしょう。つまり、ここまでの貯金11は銭争の後遺症のない証し…と言えませんか。

交流戦でのスコアラーの重要性

そうした背景を見た上で、今後のシーズンの戦いでは、さらに球団本部の役割が重要になってきます。来週の30日からはパ・リーグとの交流戦18試合。好調なチーム状態を維持し、勝ち続けるための努力は監督や首脳陣、選手たちだけが行うものではないのです。

「普段は対戦しないパ・リーグの選手たちの特長を監督やコーチ、選手たちに分かりやすく伝えるのがスコアラーの仕事。また、初めて野球を行うエスコンフィールド北海道(日本ハム3連戦・6月9日~11日)の特性を調査し、伝えることも重要。交流戦でペナントレースの流れが大きく変わることもあり得るのでスコアラーの役割は大事だ」とはチーム関係者の話です。

もちろん、これは今季に限ったことではなく、毎年のことです。ただ、日本ハム3連戦は〝未知の地〟で戦うわけで、球場の特性を現場に細かく伝えることは重要です。嶋田章弘チーフスコアラーら10人のスコアラー陣の仕事はゲームの結果に直結するでしょう。


さらに、チームが好調な時こそ選手たちの健康管理、故障者を出さないことも大切です。これも山下幸志チーフトレーナー以下、1・2軍のトレーナーが選手のケガや故障を未然に防ぐ、防御網をしっかりと敷くことです。かつて、阪神では主力選手がケガや故障をすると、球団幹部がトレーナーを呼びつけ、怒鳴りつけているシーンを何度か見たことがあります。今は、それほど厳しくトレーナーを指導する球団幹部もいないようですが、どんなチームでもチーム力が落ちる最大の要因は主力選手の故障。アクシデントが起きないように裏方さんに選手のケアをお願いしたいですね。

矢野監督時代には逆転V逸

貯金11で2位に2ゲーム差の単独首位。それでも球団関係者に「アレ」も夢ではなくなった…!? と声をかけたら「いやいや…まだまだ…」と反応は鈍いですね。確かに2005年のリーグ優勝から17シーズンの中で、あと一歩で優勝…という展開が何度もありました。直近では21年です。矢野阪神は77勝56敗10分けで2位。前半戦はぶっちぎりのリードでしたが、ヤクルトの猛追を許し、最後は勝率の差で優勝を逃しました。13年の和田阪神も、10年の真弓阪神も、08年の岡田阪神も…。あと一歩及ばずや大逆転され、大魚を逃しています。なのでチームの周辺には今も〝失速のトラウマ〟がありますね。

今季もそうならないように、選手たちや首脳陣だけではなく、球団フロントの役割は極めて大事です。フロンとも戦力-とは星野仙一監督がよく口にした言葉です。チーム一丸となってトラウマを乗り越えてほしいですね。岡田監督のマンパワーだけがチームの推進力ではないはずですから…。

植村徹也

うえむら・てつや 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。

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