神奈川、東京、千葉など首都圏で約40店舗を展開する老舗書店の有隣堂(横浜市中区)のユーチューブ動画が異例の人気を博している。おすすめの本や文房具を紹介するが、時には自社の不満を口にしたりと、単なる宣伝で終わらない自由さが受けている。強い個性を秘めた社員が活躍する場となった新規事業は新たな人材を呼び込むなどの好循環も生まれている。
「ぶっちゃけた話ですよ。アマゾンで買った方が安くない?」
文房具への愛着を語る社員に対し、有隣堂のミミズクのキャラクター「ブッコロー」が容赦なく突っ込みを入れる。有隣堂の人気動画チャンネル「有隣堂しか知らない世界」の一幕だ。
登場する社員らは「書店をプロレスで私物化した男」、「書店の一角を食品物産展にした女」などのニックネームがつけられ、おのおののこだわりを披露する。時には有隣堂で売っていない商品や他社のライバル書店を紹介するなど、怖いもの知らずの内容が好評を得ている。
令和元年末に始めたユーチューブチャンネルは登録者数が今月9日時点で23万人超。約190本の動画がアップされており、再生回数は4千万回を突破した。
配信初期は開設から3カ月でたった200人しか登録者がいなかったが、個性的な社員が登場するようになり、人気が上昇。その紆余曲折をまとめた書籍を2月に発売すると、売り切れる店舗が続出した。
広報・マーケティング部で動画の編集のほかに、交流サイト(SNS)の管理や通販サイトの分析などを担当する小板橋央(ちか)さん(29)は令和3年に中途入社した。偶然見つけた求人に即応募。動画が人気だったことが決め手の一つになったという。
有隣堂は明治42年に横浜市中区伊勢佐木町で創業。110年以上の歴史を持つが、近年は紙の出版物の市場が縮小する中、書店以外の事業が売り上げの半分以上を占める。それでも、書店に対する強いこだわりを持っている社員の底力が動画事業の成功につながった。
小板橋さんによると、現在の出演者以外にも、気になる社内の〝候補者〟はいるといい、例えば「ツイッターに小田原城の写真を投稿するのが日課で、注目の新刊本が発売する日でも宣伝がそっちのけになる店長がいる」。
そんな小板橋さん自身も怖がりな性格が転じて、「もっと怖がりたい」と思うようになり、自宅では四六時中、スマートフォンなどでホラー映画を流しっぱなしにして過ごしているとか。有隣堂にはまだまだ知らない世界が広がっている。(高木克聡)