消費者が自動車を購入する場をインターネット上に移した先駆者はテスラだが、その動きに大手自動車メーカーが追随し始めた。EVの愛好者が増え、コロナ禍を経てeコマースが浸透したいま、GMやフォードも自動車販売のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。
電気自動車(EV)ファンを自認するフロリダ州タンパ在住のニック・アウゲリは、テスラの電気自動車(EV)の主力車種「モデル3」を、2019年に初めて購入した。彼はその購入プロセスを大いに気に入った。すべてがインターネット上で済んだのである。
注文は数回のクリックで完了し、1~2日後には自宅にクルマが届けられた。それまで乗っていたガソリンエンジンを積んだフォードのピックアップトラック「F-150」の引き取りも、テスラにオンラインで依頼できたという。
消費者が自動車を購入する場をディーラーからインターネット上に移した先駆者は、この業界においてはテスラだ。19年には、今後ほかの手段でクルマを販売することはないと宣言している。
最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクが経費削減策として打ち出したこの決断に、自動車業界は懐疑的な視線を向けた。しかし、アウゲリは何の不安も感じなかったという。「とても簡単に購入できました」と、彼は言う。「テスラはイノベーターでしたね」
世界的に高まるEVの人気
19年以降、いくつかの変化が起きた。ひとつはEVの愛好者が増えたことだ。米国における完全電気自動車の年間販売台数は22年に80万台を超え、国内の新車購入台数に占めるEVの割合は初めて7%を超えた。世界的にもEVの人気は急上昇しており、各自動車メーカーのEV販売台数は合計780万台に達している。
完全オンライン販売を実践している自動車メーカーは、いまやテスラだけではない。大手EVメーカーの活況ぶりを目の当たりにして、オンライン販売をコスト削減と顧客との緊密な関係構築への早道と見る自動車メーカーも多い。新型コロナウイルスのパンデミックを契機にeコマースへの移行が進んだせいで、自動車販売のオンライン化に資金を投じる企業が増えた。EV販売においては特に、この傾向が目立つ。
結果的に、予算より高い商品を売りつけられたり、値切り交渉をしたり、複雑なローンの規約にとまどったりといった、一部の消費者にとって自動車購入の際の最大の苦痛となる部分を回避できるようになった。しかし、デジタル化や電動化が進み、客たちがテレビやソファと同じ感覚でEVをオンラインで買うような未来に、どう対処すればいいかわからずにいる新車ディーラーもいる。
米連邦政府の新たな補助金政策に後押しされ、今年に入ってゼネラルモーターズ(GM)からEVの新車を購入することに決めたアウゲリは、オンラインでの手続きに取りかかった。GMは専用のウェブサイトを用意し、購入希望者が最新のクルマの在庫状況を確認できるようにしている。新車全般がそうだが、特にEVはパンデミックで生じた半導体不足が尾を引いて、いまだに品薄状態が続いているからだ。
今回、アウゲリは1週間にわたる地元のディーラーとのメールのやり取りを嬉々として済ませ、彼が選んだ電気SUV「シボレー・ボルトEUV」は、間もなくディーラーの元に届くことになった。2月の初めには手付金を支払い、あとは納車を楽しみに待つばかりだった。
アウゲリの妻は、すべてをオンラインで速やかに進められるテスラでの購入を推したが、米国の消費者の好みはさまざまである。「自分は値引き交渉のやり取りが好きなんです」と、アウゲリは言う。
ようやく始まったデジタル販売
ほかの業界では“アマゾン化”が世界経済を席巻しているが、自動車メーカーは長い間この流れに抵抗し続けてきた。クルマのように大きく高額なものをオンラインで購入することに、買い手は不安を覚えるはずだとの意識があったからだ。
ところが、投資銀行のCowenの調査報告によると、米国における自動車のeコマース販売の21年の売上高は、過去10年で最大の伸びとなる25%増を記録した。Cowenは自動車業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)について、まだ「始まったばかり」と評価している。