日本の刑務所内に2年間にわたって撮影カメラを入れ、受刑者らのインタビューも交えて、その実情に迫ったドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」が、令和2年1月の劇場公開から3年以上が過ぎた今も、注目を集めている。全国で相次ぐ自主上映会は、配給会社によるとすでに約200件に達し、約1万5千人が鑑賞した。目立つのは一般市民の主催。〝普通の人〟がこの映画に魅せられる理由は-。
映画の舞台は「島根あさひ社会復帰促進センター」(島根県)。民間企業も運営に携わる半官半民の刑務所だ。受刑者同士の対話の力で、それぞれが抱える問題からの脱却を図ろうとする「回復共同体(TC)」のアプローチを国内刑務所で唯一実践。生活を共にする40人ほどの「ユニット」に対して行われている。
「被害者に対する気持ちっていうのも正直、ほんと全くなくて。ただ自分が、何でこんなつらい目に遭わなきゃいけないんだろうって」
作中に登場する健太郎(仮名)は借金返済に困った末、金目当てに親戚の家に侵入して包丁でけがをさせたとする強盗傷人罪などで懲役5年の判決を受けた。ほかの受刑者や民間の支援員らを前に、当初こう心情を明かすのだ。
映画でスポットが当たる受刑者は4人。坂上香監督(57)が、加害者でありながら被害者意識が強い「よくいるタイプの受刑者」だった健太郎に注目したのは、TCでの劇的な変化に驚いたからだ。
受刑者は加害者であると同時に、虐待やいじめといった自身の被害の記憶が心に刻まれていることが少なくない。「自らの被害に向き合わなければ、加害も理解できない」という考えから、TCでは被害の記憶を告白し、聞き手が受け止めることが期待される。健太郎もこの過程をたどり、最後には被害者を思って泣き崩れるまでの様子が克明に記録される。
刑務所側から撮影許可が下りるまでに6年を費やし、その後も多くの制約があった。それでも坂上監督がこだわったのは、受刑者の個別の「ストーリー」を伝えること。映画を見た人からは「苦しい思いは自分も同じ」「この感覚は分かる」といった共感が伝わってきた。実際に子供への支援活動を始めた人もいるといい、坂上監督は「『刑務所の話』ではなく『自分事』と受け止める人が多く、口コミで上映が広がっている」と喜ぶ。
自主上映会は映画配給会社「東風(とうふう)」が申し込みを受け付けており、映画の公式ホームページ(HP)によると、5月以降も各地で開催が予定されている。10代の子供の居場所づくりに取り組むNPO法人「やんちゃ寺」(滋賀県草津市)もその一つ。14日に同市内で上映する。
代表で臨床心理士の佐藤すみれさん(30)が普段、非行少年とも接する中で感じてきたのは「背景を理解して適切にサポートすることこそが未来の被害者を減らすのに、社会は処罰や排除で片づけようとしている」というやりきれなさ。仲間を通じて「プリズン・サークル」を知り、そのメッセージに共感した。
行政などに上映会の後援を依頼すると「加害者の映画」と難色を示されたこともあったという。佐藤さんは「映画を見て、一人でも多くの人と考え方を共有できれば」と話す。
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島根あさひ社会復帰促進センターのTCが再犯抑止に効果があることは、研究でも裏付けられつつある。
平成20~27年に同センターを出所した2665人を対象とした研究では、TC受講者148人と非受講者2517人について刑務所への再入所率を比較。結果は受講者の方が約10ポイント低く9・5%にとどまっていた。犯罪白書によると、全国の出所者の44・7%が10年以内に再入所している。
坂上監督が同センターで取材した受刑者の中には、出所後に大学に通って資格を取ったり、事業を立ち上げて出所者を雇用したりする人もいた。TCユニットで培った人間関係は社会復帰後も支えになっており、「罪を犯してしまうほどの人生でも、きっかけ次第で好転する」と実感したという。
ただ国内のほかの刑務所にTCの取り組みが広がる兆しはなく、関係者によると、同センターでも支援者の確保が難しくなり、存続が危ぶまれているという。
刑務所事情に詳しい石塚伸一・龍谷大名誉教授(刑事法)は「規律や秩序を最も重視する日本の刑務所でTCが実現したのは奇跡。自分を変えたいという受刑者にとって、必要な選択肢だ」と話している。(西山瑞穂)