産経児童出版文化賞に9作決まる 大賞は「新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい」

第70回産経児童出版文化賞(産経新聞社主催、フジテレビジョン、ニッポン放送後援、JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、JR貨物、タイヘイ協賛)が決まりました。昨年1年間に刊行された児童向けの新刊書を対象に審査を重ねた結果、次の9点を大賞、JR賞、タイヘイ賞、美術賞、産経新聞社賞、フジテレビ賞、ニッポン放送賞、翻訳作品賞に選びました。

■大賞 「新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい」

あまんきみこ 作 ポプラ社

■JR賞 「『オードリー・タン』の誕生」

石崎洋司 著 講談社

■タイヘイ賞 「ぼくとお山と羊のセーター」

飯野和好 作 偕成社

■美術賞 「川まつりの夜」

岩城範枝 作 出久根育 絵 フレーベル館

■産経新聞社賞 「ひろしまの満月」

中澤晶子 作 小峰書店

■フジテレビ賞 「エツコさん」

昼田弥子 作 アリス館

■ニッポン放送賞 「なりたいわたし」

村上しいこ 作 フレーベル館

■翻訳作品賞 「カメラにうつらなかった真実」

エリザベス・パートリッジ 文 ローレン・タマキ 絵 松波佐知子 訳 徳間書店

「ことばとふたり」

ジョン・エガード 文 きたむらさとし 絵・訳 岩波書店

■「松井さんと一緒に喜んでいる」 大賞に決まったあまんきみこさん

児童文学作家・あまんきみこさん
児童文学作家・あまんきみこさん

大賞受賞と聞いて本当にびっくりしました。思えば私が最初に書いた本がこのシリーズの第1作で、それからずいぶん長い時間がたってしまって…。

<空色のタクシーの運転手、松井五郎さんが毎回ふしぎなお客さんと出会う童話集。55年も読み継がれているシリーズの最新作での受賞となった>

ふとしたとき、頭の中にぽつんと松井さんが出てきて、誰かが乗ってくれる。私は運転ができないのですが、そのおかげでかえってどこへでも、不思議なところにも行けるのかもしれません。私の中には、松井さんがずっといるんですね。だから松井さんと一緒に喜んでおります。(聞き手 磨井慎吾)

あまん・きみこ 昭和6年、旧満州生まれ。43年、『車のいろは空のいろ』でデビューし、『ひつじぐものむこうに』(54年に産経児童出版文化賞受賞)など数々の作品を発表。平成13年、紫綬褒章。

■作品選評

【大賞】「新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい」

松井さんが運転する青いタクシーには、なぜかいつも奇妙なお客さんが乗りこんでくる。おなじみのこの出だしで繰り返される非日常へのいざないは、幼年文学のロングセラーシリーズを生んだ。これはシリーズ4作目にして、22年ぶりの新作である。児童文学界の大ベテラン作家による物語は、今も変わらぬ安定の読み心地を約束してくれる。

男の子に化けたつもりでタクシーに乗り込んできたタヌキの子。月の光を浴びて公園の遊具で遊ぶ子ネコたち。赤ちゃんを抱いた喪服の若い母親を乗せた松井さんのタクシーがその母親の、未来の夢の中へ走り入り海へ行く「ゆめでもいい ゆめでなくてもいい」は、この短編集の題名だが、すべての話が「ゆめでもゆめでなくてもいい」ものだ。

松井さんがつきあうお客さんの夢には、戦時中、大事なペットのジロウを犠牲にせざるをえなかった少年の苦悩もある。松井さん自身、静かに自らの過去を見据えた物語もある。それが一転、最後の話では、キツネがフキノトウに春を見いだす喜びで連作は終わり、再生への道筋が開かれていくのだ。(日本女子大学教授・川端有子)

【JR賞】「『オードリー・タン』の誕生」

オードリー・タン。35歳で台湾のIT大臣となり、トランスジェンダーとも明かす。新型コロナの蔓延(まんえん)時、マスク不足をIT活用で解消したことで注目を浴びた。

生まれながらの心臓病、ギフテッドゆえの差別やいじめ、不登校、教育問題、家族内対立、政治の情報公開、子どもの声と子どもの権利、民主主義と市民運動、開かれた政府、オープンソースによる創造的問題解決…。ふりかかる課題に対して、自分の疑問に忠実に取り組む主体的な生き方が社会を変えるという、これからの時代の生き方を示すリーダーの誕生物語。関連書が多い中、社会との関わりにもっと前向きに生きようとのメッセージが伝わる児童書として見事に編集されている。(大妻女子大学教授・木下勇)

【タイヘイ賞】「ぼくとお山と羊のセーター」

茅葺(かやぶ)き屋根。竈(かまど)や囲炉裏(いろり)のある土間。ペットではない動物たちとの共生。学校から帰ると、羊を草場に連れて行くのは子どもの仕事だ。戦後十数年たった埼玉県秩父郡長瀞(ながとろ)町。家族の一員としての子どもの役割。

厳しさもありながら伸び伸びとして、瑞々(みずみず)しく感じるのは、現在のわたしたちの暮らしが、環境問題ひとつとっても「ここまで」来てしまったからなのだろう。

自給自足の日々。飼っている羊の毛で作ってもらうセーター、今年はぼくの番。草場に連れて行った羊の毛を刈って編んでもらったぼくのセーター、ぼくだけのセーター。手編みではなく、機械編みだったというのもリアリティーがある。1947年生まれの著者の、「自伝絵本」。郷愁を超えて、心に迫る。(作家・落合恵子)

【美術賞】「川まつりの夜」

ひとりでおじいちゃんを訪ねていったリュウは、夜、笛と太鼓の音を聞いて目をさます。外に出てみると、通りには屋台が並び大勢の人が歩いている。お祭りだ。でも、このお祭りはどこか普通とは違う。踊りながらやってくるのも、ザリガニの若い衆にイトミミズの姉さんやカエルの兄さんたちだ。カメそっくりのおじさんは、昔ここに流れていたきれいな川は今は暗渠(あんきょ)になっていること、それでも川の住民たちが昔のままお祭りをしていることを教えてくれる。

翌朝、おじいちゃんが吹くお祭りの笛が、現在と過去のつながりに気づかせてくれるし、チェコ在住の画家の絵は、目に見える風景の奥に、時間の広がりと空間の広がりがあることを想像させてくれる。(翻訳家・さくまゆみこ)

【産経新聞社賞】「ひろしまの満月」

空き家の庭に住んでいたかめが、その家に引っ越してきた小学2年生のかえでちゃんに出会い、むかしのことを語る。それは、この家に住んでいたまつこちゃんの兄のみのるくんが、原爆の日、作業に行ったまま帰宅せず、お母さんは17日間捜しに行き、お弁当箱とみのるくんが身に着けていた制服の陶器のボタンだけを持って帰ってきたという出来事だった。

かめがなぜ、言葉を話せるようになったのかという謎を追って読みすすめることができ、最後まで読むと、かえでちゃんとともに、まつこちゃんの悲しみを共感する仕掛けになっている。昔話のような語りの手法を使って、現代の小学校低・中学年の子どもに広島の原爆を伝えようとした画期的な作品である。(大阪国際児童文学振興財団理事総括専門員・土居安子)

【フジテレビ賞】「エツコさん」

中村エツコさんは70代のおばあちゃん。最近もの忘れがひどく、記憶がごっちゃになってしまう。一人でお出かけしては迷子になってしまうことも多い。

そんなエツコさんをめぐって、近所の子どもたちの日常が描かれる。エツコさんのとっぴな行動を、子どもたちは自分なりに受け止めてゆくが、同時に子どもたち自身も、エツコさんのおかげで思いがけない発想の転換を得たり、救われたりするのである。

しかも、この本は「記憶」と人生というテーマをめぐる連作短編集にもなっている。ユウトの記憶の空白の1ページは戻るのだろうか(「きいろいやま」)。最後は子どもたち自身が、記憶と自分という問題に向き合う形で終わるというのが興味深い。(日本女子大学教授・川端有子)

【ニッポン放送賞】「なりたいわたし」

両親に愛されてのんびりした性格の少女、千愛(ちなる)と3人の少女との友情関係と、千愛の自立を描いた作品。

小学3年生の千愛は、学童クラブで同い年の幼馴染(なじみ)の3人から距離を置かれ、とまどう。そして、イベントのために4人でダンスの練習をしているときに、自分以外はそれぞれ将来なりたいものが決まっており、そのために全員3年生で学童をやめることを知る。ショックを受けた千愛は、なりたいものは見つからないが、なにかを変えたいと、自分から3人と別行動をしてみる。

4人の少女の繊細かつ微妙な友情関係がリアルで、千愛の「なりたいわたし」が、将来の職業ではなく、今の自分が自分らしくいるためにはどうすればいいかを考える点がユニーク。(大阪国際児童文学振興財団理事総括専門員・土居安子)

【翻訳作品賞】「カメラにうつらなかった真実」

1941年の真珠湾攻撃後の日系人強制収容を扱ったアメリカのノンフィクション。大統領命令により西海岸に住む約12万人が、有刺鉄線に囲まれ武装兵士に監視される暮らしを余儀なくされた。

写真家ドロシア・ラング、宮武東洋、アンセル・アダムスは、カリフォルニア州マンザナー強制収容所での日系人たちの生活を、それぞれの視点で撮影。三人三様の写真が、説明文と挿絵の中に効果的に配され、人権を剝奪(はくだつ)された人々の実態を如実に浮かび上がらせる。

と同時に、当時公開不可となった写真や、撮影者の意図から生じる表現の差にも触れ、リテラシーも培ってくれる。多面的構成と洗練された装丁が際立つ一作。(東京子ども図書館理事長・張替惠子)

【翻訳作品賞】「ことばとふたり」

ことばを知らない生きものがいた。知らなくとも生きていけた。けれど時にどうしようもない感覚にとらわれた。そんな時は、目から「何か」がこぼれた。どう呼ぶのかは知らなかった。

そんな彼を遠くから見ているのは、ことばを知っている生きものだった。知っているほうは少しずつ距離を縮めて、ハグ、ということばを教え、実際にハグをした。

言葉を知らない生きものはこうして、ハグという言葉とその意味を獲得した。

時々ふたりには、ことばが要らない夜も訪れた。

そんな時は「ことばの ない よるを たのしんだ」

ことばを獲得する意味も、ことばから解放される意味も、このチャーミングな絵本は伝えてくれる。(作家・落合恵子)

■奨励賞に「貝のふしぎ発見記」

受賞9作に次ぐ「奨励賞」として、「貝のふしぎ発見記」(武田晋一写真・文、福田宏監修、少年写真新聞社)が選ばれました。

5日午後1時からオンラインイベント

産経新聞社は産経児童出版文化賞が第70回を迎えるのを記念し、子育て支援に取り組む認定NPO法人フローレンスの協力のもと、本日午後1時からオンラインイベント「こどもたちにつなごう!豊かな未来」を開催し、動画共有サイト「ユーチューブ」で配信します。詳しくはこちらから。https://www.sankei.com/article/20230428-X2OHVKQ3BRNDZPDTAKM2AKGKPQ/

選考委員 川端有子(日本女子大学教授)▽土居安子(大阪国際児童文学振興財団理事総括専門員)▽落合恵子(作家)▽さくまゆみこ(翻訳家)▽木下勇(大妻女子大学教授)▽張替惠子(東京子ども図書館理事長)▽村瀬健(フジテレビジョン編成制作局ドラマ・映画制作部部長職ゼネラルプロデューサー)▽箱崎みどり(ニッポン放送コンテンツプランニング局アナウンス室兼コンテンツプランニング部)▽河野利之(タイヘイ取締役総務部部長)▽本田誠(産経新聞東京本社編集局文化部長)

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