根強い国への不信感 知床事故1年

海面上までつり上げられた観光船「KAZU Ⅰ」=2022年5月、北海道斜里町沖
海面上までつり上げられた観光船「KAZU Ⅰ」=2022年5月、北海道斜里町沖

北海道・知床半島沖で起きた観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」沈没事故では、運航会社の杜撰(ずさん)な運営実態だけでなく、安全管理の不備を見逃してきた国にも厳しい目が向けられた。「誰かが犠牲になるまで行政はなぜ見直さないのか」。事故から1年。再発防止に向けた安全対策は、どこまで実効性を担保できるのか。被害者家族は不安視する。

運輸安全委員会が昨年12月に公表した経過報告は、船首付近の甲板にあるハッチ(昇降口)のふたが密閉されず、海水が入って沈没したと推定している。国の船舶検査を代行する日本小型船舶検査機構(JCI)は事故3日前の昨年4月20日にカズ・ワンを検査していたものの、ふたの留め具の作動状況を確認していなかった。

JCIでは、航路の大半が一部携帯電話会社の通信圏内から外れていたのに豊田徳幸船長=事故で死亡、当時(54)=の「つながる」との説明をうのみにし、衛星電話からの通信設備変更を認めるなどチェックの質に疑義が呈された。

事故で親族を亡くした北海道の50代男性は、国土交通省の被害者向け説明会でもJCI側の説明に責任逃れの姿勢を感じたといい、「JCIの理事長は今年1月に任期満了で交代した。人命を重視して検査しなかったのに責任の所在があいまいのままだ」と憤る。

国交省は事故後、有識者による検討委員会で事故の再発防止に向けた議論を重ね、平均水温が10度未満の海域を航行する小型旅客船に、船舶版ドライブレコーダーの搭載や改良型救命いかだの搭載を義務化。浸水が広がらないように甲板下の空間に隔壁の設置を義務付ける制度改正が進む。

事業許可の原則5年の更新制の導入や運航管理者の資格試験導入など事業者の法的規制も強化された。被害者家族からはさらに、水温の低い海域を航行する小型旅客船に乗客のドライスーツの着用義務化を求める声も上がっているという。

安全を軽んじる事業者を放置してきた国に対する不信感は根強い。今も行方が分かっていない小柳宝大(みちお)さん(35)の父親(64)=福岡県=は「船舶検査の質を高めるためにも、検査員の能力向上のための教育をしっかりとしてほしい。人命をあずかる観光船には、それだけ厳格なチェックが必要だ」と訴える。

いくら制度を構築しても、実効性が伴わなければ意味がない。二度と悲劇を繰り返さないためにも、国の本気度が試されている。(大竹直樹)

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