信号無視はしたが、優良運転者(通称・ゴールド免許)には該当する-。大阪高裁で3月、このような判断が示された。兵庫県の70代男性が信号無視の交通反則処分を不服として、取り消しと優良運転者の免許証交付を求めた民事訴訟。なぜ「特殊な判決」(専門家)が下されたのか。焦点は、信号無視をした場所を巡る主張の対立だった。
一度は反則金を払ったものの…
訴訟資料によると、問題の発端は平成31年春。男性の乗用車が、兵庫県内の交差点(A交差点)を通過すると、後ろのパトカーから停車するよう指示され、近くの路肩に止めた。
警察官は信号無視を指摘し、違反内容を記載した書類への署名指印を求めた。「黄色信号との認識だったが、待ち合わせで急いでいたこともあり、内容を確認しないまま署名指印した」(男性の主張)。翌日には反則金も支払い、何事もなく手続きは終わったかにみえた。
男性の態度が一転したのは免許更新手続きで、それまでの優良運転者から一般運転者に変わった後だった。〝格下げ〟を不服として県公安委員会に審査請求。それが棄却されると、令和3年、県に対して、交通反則処分の取り消しと優良運転者との認定を求める訴えを神戸地裁に起こした。
約500メートルの解釈
男性が問題視したのは、信号無視をしたとされた場所だった。違反内容が記された書類を見返したところ、現場の住所は、停車を求められたA交差点ではなく、約500メートル離れた別の交差点(B交差点)の住所となっていたのだ。
男性は「B交差点の信号は青だった。警察官は事実を誤認している」と主張。一方の県側は、警察官が違反を現認したのはB交差点で間違いないとした上で、「現場は交通量が多く、安全な場所まで誘導させた」と、A交差点で違反を指摘した理由を説明した。
昨年2月の1審神戸地裁は県側の主張を全面的に認めたが、男性の控訴を受けた大阪高裁は、取り締まりをした警察官への証人尋問を実施した上で、1審とは異なる判断を示した。
中垣内(なかがいと)健治裁判長は、男性が警察官の求めに素直に応じて署名や反則金の納付をしていることから、「黄色であれば弁解してしかるべきだ」と、男性の説明を疑問視。赤信号無視があったこと自体は認めた。
ただ、違反した場所については、2つの交差点間は片側2車線で「停車させることが不可能とは言い難い」と指摘。停車させた路肩から(違反したとされる)B交差点は見えないことも踏まえ、「(警察官が説明する取り締まり方法は)不自然」と言及した。
さらに、警察官が男性に交付した書類には違反場所の住所が書かれているだけで交差点名の記載がないことから、「署名指印しているからといって違反場所まで認めていたとはいえない」と判断。赤信号を無視した現場はA交差点で、警察官が交差点を誤記した可能性が高いと認定した。
信号無視はしたが、違反した交差点は間違っている-。この事実認定から「(免許更新の際に前提となっていた)B交差点での違反行為を認めることができない以上、男性は優良運転者に該当していたというべきだ」と免許の〝格下げ〟は違法と結論付けた。
交通反則処分の取り消しについては、訴えが不適法として却下。男性はこの判決も不服として最高裁に上告した。
「免許制度の趣旨に反する」
信号無視と優良運転者は両立し得るのか。福岡県警本部長などを務めた京都産業大の田村正博教授(警察行政法)は「特殊な判決といえる」と評する。
警察庁によると、交通違反の取り締まりは全国で年間約614万件(令和4年)。田村氏は「反則金を払った時点で手続きは完了している。膨大な取り締まりをする中、後で事実関係を争われても証拠を全て残しておくことはできない」と、警察側の反論の難しさを語る。
また、「優良運転者の認定は無事故無違反だからこそで、それが法令順守のインセンティブになっている。免許制度の趣旨にも反するのではないか」と話している。(地主明世)