新年度を迎え心機一転、新天地で新しい生活を送る方も多いのではないでしょうか。これからどんなことが起きるのか不安と楽しみが入り交じる心境は、新しく何かに挑戦するときに起きる心理状態ではないかと思います。スポーツ界もアフターコロナの新しい試みとして有観客で試合が行われたり、マスク着用で声出し応援が可能になったりと社会全体が次の「未来」のために挑戦しているようにも感じます。私が専門とする競泳競技は掲載日に日本選手権の4日目が行われています。コロナ禍以来初の有観客となり、世界選手権代表選考会でもあることから、高いレベルでの活躍が期待されます。
一方で、大学スポーツも新しいシーズンが始まります。4月から春季リーグ戦が開幕し、さまざまなスポーツで熱戦が繰り広げられることでしょう。感染症の落ち着きも見え始め、観客数や声出し応援の制限も徐々に緩和されることを願っていますが、そもそも人はなぜスポーツ観戦や応援をするのでしょうか。多くの研究で、応援することで選手のパフォーマンスを高め得るとの報告があります(ホームゲームであればなおさら)が、応援者への恩恵はないのでしょうか。これまでの研究で報告されている一部をご紹介します。
スポーツは(スコア上の)勝者と敗者が生まれるものですが、試合が拮抗(きっこう)している場面や優勝を懸けた決勝戦などでは、テストステロンの値がより高くなることが報告されています。正確には、勝った後で高まるのでなく、競争を始めるときに上昇し、勝ったときにテストステロン値の上昇が維持され、反対に応援している選手やチームが負けてしまうとテストステロン値は低下していきます。テストステロンは男性ホルモンの一種でおなじみですが、そのほかにも生きる力や決断力を高める作用があり、ストレスとの関連性も報告されています。
スポーツ観戦していると、まるで自分がプレーしているかのような錯覚に陥ることがあります。これはミラーニューロンと呼ばれる現象ですが、ポジティブな錯覚は自己効力感を向上させる良い情報源として活用されます。自己効力感は簡単に言うと、「自分ならできそう」「うまくできそう」と自分に期待する心理的概念になります。つまり、スポーツ観戦や応援をすることは、生理的・心理的にも恩恵のある素晴らしい行為といえます。
2023年はさまざまな国際スポーツ大会が開催されます。3月に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のほか、世界水泳やバスケットボールのワールドカップ(W杯)、サッカー女子W杯、世界陸上、ラグビーW杯など世界各地で熱戦が繰り広げられます。応援することで選手のモチベーションを高め、そして、応援者自身にも活力を与える。「みる(ささえる)」は遠く離れた地でも繋(つな)がることができる、未来を変える資源なのかもしれません。
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工藤慈士(くどう・よしと)熊本県出身。九州大学大学院人間環境学府行動システム専攻修士課程修了、修士(人間環境学)。専門はスポーツ心理学、体育心理学、水泳(競泳)。滋賀県水泳連盟競技力向上委員(特別強化スタッフ)。びわこ成蹊スポーツ大学講師。
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スポーツによって未来がどう変わるのかをテーマに、びわこ成蹊スポーツ大学の教員らがリレー形式でコラムを執筆します。毎月第1金曜日予定。