(月刊「丸」・昭和48年11月号収載)
光源のない夜のジャングルは、まったく暗い。前の者に結びつけたタオルのはしをにぎって、下痢の大坪兵長とマラリアの鶴岡上等兵は、部隊の後尾をよたよたと歩いていた。
タオルでつないだ数珠のような部隊の前進途上に、間々、夜光虫にむしばまれた灌木(かんぼく=低木)が狐火(きつねび=怪火)のような炎で燃えて、ひものきれた数珠玉のようにばらばらになる部隊をかろうじてすくっていた。
もう丑三つどき(午前二時から二時半)をすぎていた。燐光で浮きぼりになった灌木のまえで中西大尉は、部隊の停止を命じた。日ごろ愛用の小型無線機が、ちょうど師団命令を傍受したからである。
「中西大隊(第三大隊)ヲシテ、急遽(きゅうきょ)、復帰セシメアリ。丸山部隊(歩兵第一一四連隊)ハ、死力ヲツクシテ、ミイトキーナ(ビルマ=ミャンマー北部、ミッチーナ)ヲ確保スベシ」
と、乱数表に目をすりつけ、あわい光で解読した大尉は、無きずのこの五百名の精鋭をなんとしてでもいちはやく、ミイトキーナへ送り込まねばならぬとふかく心にきめた。夜が明けて舗装道路に出ると、きのう敵と交戦した本道だったが、いまは危険をかえりみる余裕はなかった。