バーチャルな土地を“賃貸物件”にできる機能は、メタバースにも「社会階級」を形成するのか

3Dの仮想世界「Decentraland」で、バーチャルな“土地”を所有者が別のユーザーに有償で貸せる機能の提供が始まった。土地の所有者が収益を上げられるよう設計された仕組みだが、メタバース内に社会階級を生み出す可能性が懸念されている。

Ethereum(イーサリアム)のブロックチェーン上で動く3Dの仮想世界「Decentraland」にある座標27,87の区画を、1日10,000MANA(日本円で約77万円)という“良心的”な価格で誰でも借りられるようになったのは2023年1月のことだった。

この区画を借りた人はショップやイベントスペース、アート作品のインスタレーションなど、好きなものを建てて友好的な通行人を呼び込むことができる。しかし、本当の勝者は、区画の貸し出しによって仮想の財布が膨らむ土地の所有者、「Beatrix#7239」を名乗るユーザーである[編註:現在は貸し出されていない]。

この27,87区画はワールドマップの中央に位置し、人々が「Decentraland」で最初に到着する場所に近い。このため、すべての土地が高価というわけではない。それに、この条件で区画を借りた人もまだいないのだ。

とはいえ、仮想の不動産の賃貸市場は形成されつつある。メタバース内の魅力的な場所を購入した仮想空間の地主にとっては、新たな収入源になろうとしている。

すでにこの9カ月で、単発のイベントや製品紹介のために、マスターカードやハイネケンといったブランドがこうした区画を借りている。Decentralandが誰でも仮想の土地を借りられるツールの提供を開始したのは、2022年12月のことだった。

仮想世界への参加を“民主化“することが目的であると、Decentralandで土地の貸し出し機能の開発を主導したニコ・ラジコは説明する。新しいユーザーは土地を借りることで理想的な“出発点”を得られ、土地の所有者も受動的な収入を得られる。このため全員にとって有益な機能であると、ラジコは語る。

一方で、土地の貸し出し機能は仮想世界の社会構造をわずかに変え、もてる者ともたざる者に人々を分けようとしているのだ。

仮想の“不動産”から利益を得る新しい方法

Decentralandはサービスを開始した17年、仮想空間の土地における90,601の区画の所有権を購入する機会を人々に提供した。各区画はイーサリアムのブロックチェーン上のNFT(非代替性トークン)で管理されている。

当時は1区画あたり20ドル程度で販売されていたが、NFTブームが最高潮に達した21年末には数万ドルで頻繁に売買されるようになった。Metaverse Groupという会社はDecentralandの区画のひとつを240万ドル(約3億2,500万円)で購入している。

暗号資産市場の低迷に伴って仮想空間の不動産需要は冷え込み、土地の所有者は不動産から利益を得る新しい方法を探すことになった。Decentralandが提供する新しい土地の貸し出し機能は、そのためのものである。

最初期の主な借り手はDecentralandでイベントやショーを開催したいブランドやアーティストで、貸し出し期間は1日から数カ月とさまざまだ。とはいえ、仮想空間の土地を借りる需要はまだ少ない。1月中旬時点でマーケットプレイスには約300の区画が掲載されているが、わずか40区画しか借りられていないのだ。

しかし、あらゆるユーザーの間で土地を借りることが広く普及する未来を想定していると、ラジコは語る。また、周囲の環境がその土地を借りるかどうかを決める判断材料になるとも説明する。Airbnbの利用者が物件の品質や立地で宿泊先を検討するように、仮想空間の不動産でも同じことが起きるというのだ(仮想空間に何かを建てる場合、区画を購入すればそれ以上の費用はかからない。ただし、手の込んだものをつくる場合はコーディングの専門知識が必要になる)。

構築され始めた仮想不動産のエコシステム

Decentralandはブロックチェーンを基盤とする最も人気の仮想世界だが、同様の仮想世界はほかにもたくさんある。「Somnium Space」「SuperWorld」「Sandbox」は、どれも同様の考えを基につくられた仮想世界だ。こうした仮想世界には、何年も前から土地の貸し出し機能を提供しているものもある。

仮想世界の“地主”であるクリス・ベルは、「Somnium Space」で最大規模の不動産のポートフォリオを所有しており、21年には賃料収入で18,000ドル(約234万円)を得たという。現実世界でマンションを貸し出して経験を積んだベルは仮想世界で100区画を購入し、仮想空間における不動産帝国のようなものをつくりあげたのだ。

立地のいい物件を購入して、物件をよくするために投資し、適切な賃貸価格を設定する──。こうした一連の成功の法則は、仮想世界でも現実世界でも通用するのだと、ベルは語る。

土地の貸し出しと、仮想世界の不動産の設計や開発といった補助的なサービスを組み合わせることで、本当の意味での収益を得られるとLandVaultの最高経営責任者(CEO)のサム・ヒューバーは語る。貸し手にシンプルなエンド・ツー・エンドのサービスの提供を目指す同社は、いまでは区画の購入費用をわずか2カ月で回収できるようになったという。

仮想世界の不動産の賃貸は非常にニッチな分野だが、この事業コンセプトの周りにすでに業界が確立されている。仮想世界の地主だけでなく、地主の不動産の運用を支援するプロパティマネージャーや不動産業者、貸し出す建物の設計や建設を支援するデベロッパーまで存在する。仮想世界の不動産に特化した投資会社さえあるのだ。

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