金の卵とそやされた61年前の3月、集団就職列車で東京を目指した。車内はこの間まで中学3年の男女が乗り合わせていた。男の子は丸刈りで詰め襟の学生服、女子はおかっぱ頭にセーラー服。何両もつながった車内は修学旅行と違い口数少なく誰もが静かに外を眺めている。
3月というのに朝から降る雨は細く冷たかった。窓ガラスにあたる雨は小さい粒から仲間を誘って大きくなると、後方下へ去って行った。臨時列車のためか、あるいは単線のためか駅での停車時間が長く長く感じた。
前方の峠を越えれば、もう知らない土地に入ってしまい、もう戻れないという心細さがわいていた。列車はなかなか発車をしなかった。ぼんやり窓の外を見ていれば、流れる霧で山の濃淡が見え隠れしていた。
列車はガタンといって動き出した。でも窓から見える景色が逆方向に動いている。スピードを上げて、ぐいぐい進んだ。一瞬どうしたのだと思うと同時にこのまま、家に帰してくれ、いや帰れるのではないかと思い込んだ。だが、これはスイッチバックといって高い峠を越えるための走行手段だった。
金の卵から金の鳥にはなれなかったかもしれないが、カラスになって追われるほどにもならなかったのでは、と甘い採点をしている。
竹野勇次(76) 東京都調布市