かつて胸躍らせた「恐竜図鑑」に掲載された恐竜の絵の“オリジナル”ともいえるパレオアート(古生物美術)の名品を一堂に集めた特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」が、神戸市中央区の兵庫県立美術館で開催されている。幼き日に夢見た恐竜たちの姿を、肉筆画で間近に見られる希少な機会となっている。
インターネットであらゆる情報にアクセスできる時代になる前は、まだ知識の限られている子供にとって「図鑑」は知らない世界へといざなってくれる扉だった。豊富な写真やイラストで、動物、花々、虫たちの世界を垣間見た。中でも、多くの子供たちが胸躍らせたのが「恐竜図鑑」だ。すでに絶滅した数億年前の地球の支配者たちの姿を、生き生きと描いた絵が目に焼き付いている人も多いだろう。
本展では、恐竜図鑑などを通じて人々に恐竜の姿を伝えてきたパレオアートを紹介する。中でも20世紀の恐竜像を決定づけた2人のパレオアートの巨匠、チャールズ・R・ナイト(1874~1953年)とズデニェク・ブリアン(1905~81年)の作品は、だれもが「見たことがある」と感じるだろう。それは、彼らの作品を模倣し、あるいは影響を受けた作家による絵が図鑑などに図版として掲載されたものであったかもしれないし、彼ら自身の作品も日本国内の書籍でも実際に掲載されていた。
米国で活躍したナイトは野生動物画家としての経験を持ち、動物園で生きている動物の動きや習性を観察し、その知見を恐竜を描くことに生かした。ナイトの描く恐竜たちは、「空想上の怪物」の延長線上だった19世紀のパレオアートから一線を画し、かつて確かにこの地上に生きていた存在として、堂々とした存在感を示した。ティラノサウルスとトリケラトプスが対峙する《白亜紀―モンタナ》は、パレオアートの代表的傑作とされる。この作品は後世、多くのフォロワーによって類作が描かれることになり、ティラノサウルスとトリケラトプスは白亜紀の因縁の宿敵のように位置付けられていくに至る。
ナイトは当日の主流の学説を反映して、巨大な恐竜たちを鈍重な変温動物として描いた。多くの作品では尻尾を引きずっており、腹を接地させて歩く恐竜もいる。一方で《ドリプトサウルス(飛び跳ねるラエラプス)》は、巨大な肉食恐竜が躍動する姿で描かれており、当時よりもむしろ現代の学説を先取りした作品になっている。
チェコ出身のブリアンは、もともと冒険小説の挿絵画家として活躍していたところ、古生物学者のヨゼフ・アウグスタ(1903~68年)に見出されて彼の書籍の挿絵としてパレオアートのキャリアを踏み出した。ブリアンは化石などの骨格を観察し、解剖学的な検討を加えて恐竜の姿を再現したという。
ブリアンの《イグアノドン・ベルニサルテンシス》はパレオアートの全歴史の中で最も価値のある作品とまで言われている。イグアノドンが尻尾を接地させて直立する、ゴジラのような姿勢は現代では否定されているが、この絵の美術史的価値はいささかも毀損されるものではないだろう。恐竜は実は活発に活動していたとする研究のパラダイムシフト「恐竜ルネサンス」が1970年代に始まると、ブリアンはその研究成果も作品に反映していった。
ブリアンのパレオアートは国内(当時はチェコスロバキア)にとどまらず、世界的に影響を与えていく。日本でも昭和37(1962)年に画集「原色 前世紀の生物」が刊行されると、それまで怪獣と一緒くたにされていた日本の恐竜イラストは、一気にブリアン風になったという。昭和40年代、50年代生まれが幼い日々に図鑑で見た恐竜の姿は、ブリアンに影響された作品の可能性が高いだろう。
兵庫展では、この2大巨匠の作品を含む第2章「古典的恐竜像の確立と大衆化」の展示室内が、3月25日から撮影可能になった(一部作品を除く)。かつて憧れた恐竜たちの絵を見る、絶好の機会といえるだろう。
兵庫展は5月14日まで。5月31日から東京・上野の森美術館に巡回する。
開催概要
特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」
【巡回公式WEBサイト】 https://kyoryu-zukan.jp/
《兵庫展》
【会期】 2023年3月4日(土)~5月14日(日) ※月曜休館
【会場】 兵庫県立美術館(神戸市中央区、阪神岩屋駅より徒歩8分、JR神戸線灘駅、阪急神戸線王子公園駅から各10分、20分)
【主催】 兵庫県立美術館、産経新聞社、関西テレビ放送
【協賛】 DNP大日本印刷、公益財団法人伊藤文化財団
【公式WEBページ】 https://www.ktv.jp/event/zukan/
《東京展》
【会期】 2023年5月31日(水)~7月22日(土)
【会場】 上野の森美術館(東京都台東区、JR上野駅・公園口より徒歩3分)
【主催】 産経新聞社、フジテレビジョン、上野の森美術館
【後援】 TOKYO MX
【協賛】 DNP大日本印刷、JR東日本