経営危機に陥ったスイスの金融大手クレディ・スイスを同業のUBSが救済する過程で、クレディが発行した「AT1債」と呼ばれる社債の価値がゼロとなり、金融市場に衝撃が広がっている。銀行経営を不安視した投資家が欧州金融機関のAT1債を一斉に手放し、利回りが急騰(債券価格は急落)。邦銀への影響は限定的とみられるが、新たな信用不安の火種に日本でも警戒がくすぶる。
「160億スイスフラン(約2・2兆円)に上るクレディ・スイスのAT1債は無価値となる」
クレディやスイス金融当局が19日こう発表すると、市場に衝撃が走った。米中堅銀行の連鎖破綻と相まって金融不安が広がった。
AT1債は金融機関が発行する社債の一つ。債券でありながら、自己資本に算入される。2008年のリーマン・ショック後、国際的に重要な金融機関の経営破綻を防ぐ仕組みとして導入された。通常の社債よりも利回りが高い半面、自己資本が減った際に元本が削減されたり、強制的に株式に転換されたりするリスクがある。
AT1債は一般的には株式と比べて、経営破綻時にお金が戻ってくる可能性が高い。だが、今回のケースではAT1債が紙くずとなった一方、株主は一定の救済を受けられる形となり、弁済の順位が逆転した。
その原因はクレディの特殊な契約にある。UBSが引き継ぐ資産の価値が目減りして損失が一定水準を超えた場合、90億スイスフランの政府保証が行われる。スイス政府による例外的な支援が、あらかじめ設定されていたAT1債の無価値化の条件に引っかかった。市場ではこのリスクが十分認識されていなかったこともあり、一部で訴訟を検討する動きも出ているという。
この顚末(てんまつ)を受けて、投資家の間では、他行のAT1債を投げ売りする動きが広がり、利回りが急騰(債券価格は急落)。世界中の市場が混乱に陥った。
日本でも、金融機関や投資家への影響が懸念される。鈴木俊一財務相は28日の参院予算委で「日本の金融機関による保有額は少なく、現時点で直接的な影響は限定的だ」と述べた。
ただ、投資信託の一部に構成割合は小さいながらも組み込まれているケースもある。その商品を購入した法人や個人の富裕層の一部に損失が発生している。
AT1債は3メガバンクも発行している。クレディの債券とは商品性が異なるため、今のところ価格は比較的安定している。
ただ、ある銀行の幹部は「投資家の間に買い控えの心理が広がってしまう。今後間違いなくAT1債は発行しづらくなる」と語り、資金調達がしづらくなる可能性を危惧している。(米沢文)