【ソウル=桜井紀雄】韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、北朝鮮の人権侵害状況を記した「北朝鮮人権報告書」を初公開することで、北朝鮮の人権問題を重視する姿勢を目に見える形で示した。尹政権は、韓国で南北対話の障害とみなされてきた拉致問題でも日本との連携を目指す。北朝鮮の人権問題に取り組む国際団体からは、尹大統領の残る任期の4年間が、人権問題で日韓が連携できる最大の機会だと期待する見方が出ている。
報告書には、漁船ごと拉致された韓国人被害者や、朝鮮戦争(1950~53年)当時に捕虜となった韓国人とその子孫が炭鉱や鉱山での過酷な労働や監視、差別を強いられる状況も詳述された。いずれも韓国内でほとんど関心を持たれてこなかった被害者らだ。
権寧世(クォン・ヨンセ)統一相は報告書の巻頭で、今回の公開について「北の人権の実質的な改善に一層努めていくという政府の意志の表れだ」と強調した。尹氏は28日の閣議で「人権の実情を公開するのは、安全保障にも極めて重要だ」と述べ、「今後、北に一方的に与えることはやめ、北が核開発を進める状況では1ウォン(約0・1円)も与えない点を明確にすべきだ」と主張した。
尹氏は2010年の韓国哨戒艦撃沈など、北朝鮮との戦闘での戦死者を追悼する24日の式典で、遺族から「日本には謝罪しろと言う人が、私たちの子供を殺した北へはなぜ謝罪しろと言わないのか」と問われたことにも言及。「こうした見方が普遍的に広がらなければいけない」と語った。
反日世論を政治利用する一方、北朝鮮が嫌うことを持ち出そうとしてこなかった文在寅(ムン・ジェイン)前政権や現在の最大野党への批判が念頭にある。特に日本人や韓国人の拉致問題を巡っては、韓国の当局者や専門家の間でも、拉致問題の解決を繰り返し訴える日本の姿勢を対北問題解決の障害とみなす見方が根深い現実がある。
これに対し、権氏は23日の東京での松野博一官房長官兼拉致問題担当相との会談で「朝鮮半島の問題で非核化に劣らず重要なのが北の人権問題だ」と指摘。「北の住民の人権だけでなく、拉致被害者や抑留者、離散家族も含まれる」と強調し、問題の解決に向けた日韓の連携を呼びかけた。
北朝鮮は27日、対外宣伝メディアで権氏の訪日について、韓国の政策への「支持を哀願した醜態を見ていられない」と非難。北朝鮮住民は「自由と権利を享受して幸せに暮らしている」と人権問題を否定した。北朝鮮がいかに人権問題での日韓共闘に神経をとがらせているかを物語っている。
韓国を拠点に北朝鮮の人権侵害を調査・公表してきた国際団体の代表は「尹政権の残る4年間は、北朝鮮の人権問題で連携がうまくいかなかった韓国と日本が協力関係を構築できるチャンスだと考える」と話す。