原爆投下前後の広島を描いた漫画「はだしのゲン」。これまで広島市立の学校で使われる平和教材に掲載されてきたが、令和5年度から別の作者の作品に変更されることが分かり、波紋を広げている。市教育委員会は「時代の変化に伴い、一部だけを切り取った掲載では誤解を生じる可能性がある」と説明。一方、市民団体からは「子供たちに伝えていかなければならない作品」と批判の声が上がっている。教材への使用について賛否が渦巻く「はだしのゲン」とは、そもそもどういった漫画なのか。
「はだしのゲン」は、国民学校2年の中岡元(げん)が原爆投下により父親やきょうだいを失う悲惨さや、生き残った母親、仲間たちと支えあって成長していく姿を描いた中沢啓治さんによる自伝的漫画。昭和48年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載がスタートし、翌年にいったん終了した。その後、市民団体のオピニオン誌や共産党系の論壇誌で掲載され、日本教職員組合(日教組)系の機関誌などで60年に完結した。実写やアニメで映画化されるなど日本人になじみの深い作品といえるが、以前から一部の残虐表現や偏った歴史観が問題視されてきた。
議論を呼んだシーンは、中央公論新社の中公文庫コミック版7巻などに収録されている。
「なんで君が代を歌うんじゃ」「君が代の君は天皇のことじゃ わしゃ天皇はきらいじゃ」。主人公ゲンは中学校の卒業式で国歌斉唱を拒否。ゲンはその際、教師たちに旧日本軍の「残虐行為」を訴える。
また、史実かどうか検証されていない描写も目立つ。兵士が体を拘束された男性の首を背後から切り落としたり、女性の性器に足で一升瓶を押し込んだり。妊婦の腹部を銃剣で切り裂く、捕虜を銃剣術の的にする、といった場面がゲンのセリフとともに描かれているのだ。そして天皇をこうした口調でののしる。「いまだに戦争責任をとらずにふんぞりかえっとる」
はだしのゲンを巡っては平成25年8月、松江市教育委員会が「過激な描写がある」と市立小中学校に閲覧制限を要請したことが表面化し、表現などが議論の的になった。批判などもあり、市教委側はその後要請を撤回した。大阪府泉佐野市でも26年3月、「作中の差別的表現に問題がある」として、市教委が市立小中学校の図書室から一時回収していたことが明らかになっている。