3月9日の中国戦から約2週間続いたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)。日本が14年ぶりの世界一となって幕を閉じた。
全試合、テレビで観戦した。どれも記憶に新しいが、準決勝と決勝の劇的な展開は忘れがたい。特にメキシコ戦での村上宗隆選手の長打でのサヨナラ勝ち、決勝での大谷翔平投手とトラウト選手とのメジャーリーグ同僚対決は、前のめりになって見た。野球は筋書きのないドラマというが、こんなに面白いドラマはなかなか出会わない。
今大会はダルビッシュ有投手が宮崎キャンプ初日から参加し、チームをひとつにまとめる役割を果たしたことも称賛されている。ひとりひとりの活躍が互いを鼓舞し結果を引き出した。チームの総合力が素晴らしかったと感じる。
また日系のカージナルス・ヌートバー選手が合流する際には、ニックネームをプリントしたTシャツを着て迎え、選手がそれぞれ個人の交流サイト(SNS)で仲間との写真をアップしているのもほほえましかった。
かつて日本のプロ野球では敵チームの選手と仲良くするなどあり得なかった、と聞く。今はオフシーズンになれば、他チームの選手も交え自主トレする時代。その人の技術や人間性を信頼し、チームの垣根を越えて教えを請う。受ける側もきちんと対応する。そうした柔軟な姿勢が、野球界全体の力の向上につながっているのかもしれない。
決勝の試合前の声掛けで、大谷選手が「今日一日、憧れるのをやめましょう」と言ったのも印象深い。対戦相手はメジャーリーガーばかり。憧れのあまり見上げていたら勝てない。尊敬のまなざしが弱気にもつながる。だから今日だけは同等に戦う―。大谷選手の言葉には、ハッとさせられた。これは野球に限った話ではない。
へりくだる謙遜は日本人の美徳でもあるが、一歩間違えれば萎縮、卑下にもなる。精いっぱい努力すること。自分に自信を持ち、最後まで諦めないこと。今大会は野球の楽しさだけでなく、野球を通した生き方のメッセージを伝えてくれた。
中江有里
なかえ・ゆり 女優・脚本家・作家。昭和48年、大阪府出身。平成元年、芸能界デビュー。多くのテレビドラマ、映画に出演。14年、「納豆ウドン」で「BKラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。文化審議会委員。