秘湯には混浴が多い。かつての湯治文化が色濃く残る青森、秋田、岩手3県にまたがる十和田八幡平国立公園内には7温泉に14もの混浴施設がある。ただ、混浴に向けられる目は厳しい。相次ぐ盗撮の発覚など不心得者が後を絶たないからだ。環境省十和田八幡平国立公園管理事務所(深谷雪雄所長)が伝統文化の混浴を後世に残そうと、地元の混浴施設と二人三脚で安心・安全な混浴の実証実験に取り組んでいると聞いて、その現場を訪ねた。
2月初めの厳冬期。現場は岩手県八幡平市の松川温泉峡雲荘。車で盛岡市中心部から東北道の松尾八幡平インターチェンジ経由で1時間あまり。県内最高峰の岩手山(2038メートル)の山麓を流れる松川沿いの高さが2メートル近くある曲がりくねった雪の回廊を抜けた先に峡雲荘はあった。
温泉での実証実験名は「10年後の混浴プロジェクト」。令和3年度から始まっており、4年度は峡雲荘の混浴の露天風呂を安心・安全に利用できるよう、館内に入浴心得の「混浴三ケ条」と露天風呂への導線を男女別々にした入り方のイラストを掲示、女性の入浴位置に目隠しのつい立てを設置するなどして、マナーアップに取り組んだ。
前年度の実験は、ヒバ千人風呂の酸ケ湯温泉(青森)に「湯あみ着の日」を設定、混浴のヒバ千人風呂には女性がワンピースタイプ、男性がパンツタイプの湯あみ着を全員着用して入浴する実証実験で女性客倍増の成果を挙げた。
岩手県内の混浴施設は規模が小さかったり、複数の源泉があるため、湯あみ着を着用すると源泉が混ざってしまうなどの理由から、湯あみ着を導入できない施設が多い。そこでモラルの向上で、安心・安全を確保しようというわけだ。
今回、実際に入浴することはできなかったが、これだけ山深い秘湯で時を忘れてゆっくりとつかれば心身ともに癒やされ、いい湯治になるだろうと思った。
混浴三ケ条は①「ゆるやかな交流を」(湯をともにする方へまず一礼。目があったときは「こんにちは」「こんばんは」)②「やさしい気づかい」(出入りする方への目線はそっと外して。見ず、見せず、男女ともに粋な振る舞いを)③「ほどよい距離で」(一人一人の空間を大切に。手を伸ばしても触れない距離を保ち、季節を感じ、湯を共に味わう)-という内容。
実験で最も工夫したのは露天風呂の入り口。湯舟を挟んで男性は内湯から、女性は混浴用脱衣場からの各1カ所に限定した。入浴の際は男女が向かい合う格好で、混浴三ケ条を守ってもらおうという趣向。しかも、つい立てが男性の目隠しになって女性は白濁する湯に滑り込めば男性の目をほとんど気にならない。
実証実験の成果を話し合う2月末の意見交換会で峡雲荘の女将(おかみ)、高橋孝子さんは「女性の方が入りやすくなったのでしょう、普段より多くの女性の方が混浴に入っていた」と報告、当初は2月4、5日だけの実証実験を2月末まで延長したことも付け加えた。
温泉リポーターとしてメディアで活躍する北出恭子さんは実証実験について「先進的な取り組み」と高く評価した。北出さんによると「混浴が可能な施設は28年間で半分以下に激減した」という。法律上、混浴施設は新たにつくれない。閉鎖されれば消滅するだけ。深谷所長は「混浴文化を守り、より利用しやすい環境づくりに努力したい」と話す。一度、秘湯の混浴につかり、たまった疲れを取りたいものだ。(石田征広)
【アクセス】■十和田八幡平国立公園内にある混浴施設を備えた温泉酸ケ湯(青森)=青森中央IC▼蒸ノ湯(秋田)=鹿角八幡平IC▼乳頭(同)=盛岡IC▼藤七(岩手)=松尾八幡平ICと鹿角八幡平IC▼松川(同)=松尾八幡平IC▼網張(同)=盛岡ICと滝沢IC▼国見(同)=盛岡IC