企業が見逃しがちな水害対策、鹿島が支援事業開始

地球温暖化により豪雨災害のリスクが高まるなか、建築基準法などで建物への対策が厳格に規定されている地震(耐震)や火災(耐火)とは異なり、水害に対する備えについては所有者の判断に委ねられている。令和元年の台風19号では多くの事業所が被災してサプライチェーンの寸断などの影響が出たことから、企業にとって事業継続計画(BCP)の策定が不可欠となってきている。総合建設業大手の鹿島では、これまでも水害BCPの支援を行ってきたが、昨年10月から新たに「水災害トータルエンジニアリングサービス」の提供を始めた。同社グループが一丸となって水害のリスクの把握から対策の立案・工事、その後の訓練や運用の見直しまで一貫して行えるのが強みで、依頼した企業からも高い評価を得ている。

工場敷地の外周1.2キロを3メートルの止水壁で覆った弘前航空電子の洪水対策
工場敷地の外周1.2キロを3メートルの止水壁で覆った弘前航空電子の洪水対策

気温上昇も考慮した予測

鹿島が提供する支援サービスは、予測(リスクの把握)▷予防(対策の立案と対策工事)▷対応(対策の効果を維持するための運用の支援)―の3つのフェーズに合わせた4つのサービスからなる。

「リスクの評価」ではまず、建築物のある地域が豪雨の際にどの程度浸水するかなどを調べるが、鹿島技術研究所では今後の温暖化による気温上昇を考慮した降雨量の予測や、下水道などの排水力が限界に達して発生する「内水氾濫」による浸水の影響、さらには水に浸(つ)かる期間がどの程度に及ぶかといった観点からの研究も行っており、対策の立案に生かされる。令和2年には技術研究所内に、土建の枠を超えた領域の研究員により構成される「サスティナブルソサエティラボ」(SSラボ)を開設、「気候変動による風水害の激甚化」「インフラの劣化・老朽化の進行」「財政の制約・建設投資の減少」などの解決について研究を行っている。

さらに同社と、グループ会社で不動産などのリスクマネジメントサービスを行うERS(イー・アール・エス、東京都中央区)が連携し、建物単位で評価を実施。現地に出向いて調査を行うことで、浸水につながる意外な開口部や微妙な高低差が判明することもあるという。

鹿島技術研究所の近藤宏二プリンシパルリサーチャーは「かなり細かい部分まで確認しておかないと水が入ってきてしまうので、お客さまとともに現地を調査することは非常に重要だ」と語る。

その際、おもにリスク把握だけを行うコンサルティング会社とは違い、大きな強みとなるのが総合建設業としての長年の知見と幅広い技術の蓄積だ。建築物の構造に精通し、水害を俯瞰(ふかん)してみられるからこそ、水の逆流防止のチェックに重要となる排水管の配置状況など細かな部分まで目が行き届くという。

「タイムライン」などソフト面も

浸水リスクが判明したら、敷地の測量、植栽、排水、浄水などの各種調査を行った後に「対策の立案」に取り掛かる。そこでは、依頼主の要望を聞きながら「止水ライン」を決める。選択肢は3つで、電気設備などライフラインとなる重要な設備を上層階や屋上などに移設して被害を避ける▷建物1棟への浸水を防ぐ▷敷地内の各施設を守る観点から敷地外周に壁を設置する―の選択肢を示し、選んでもらう。

この際、選択した方法が実行可能かどうか検討することも重要な要素だ。鹿島が令和2年8月に完成させた弘前航空電子(青森県弘前市)の水害対策工事では、一級河川の岩木川と平川に挟まれた立地から、ハザードマップで想定された浸水の最大値である「3メートル」、止水の範囲は「工場の敷地への浸水防止」という対策を行うこととし、敷地を囲む総延長1.2キロ、高さ3メートルの止水壁を設置した(冒頭の写真)。弘前航空電子はスマートフォンや自動車などに使われる電子部品「コネクタ」の国内売り上げトップクラスの日本航空電子工業のグループ会社で、グループ最大のコネクタ生産拠点だ。同社は、令和元年の秋にグループの災害に対する事業継続マネジメント(BCM)について再検討した際、洪水リスクが検討事項に挙がり、手厚い対策を行うことになった。昨年8月に発生した集中豪雨では、幸い工場周辺での洪水の発生はなかったが、この対策のおかげで落ち着いて対応ができたという。

ERSがタイムライン考案のワークショップで使用した資料(一部抜粋)
ERSがタイムライン考案のワークショップで使用した資料(一部抜粋)

止水ラインと同様に重要なのが「タイムライン(防災行動計画)」の策定だ。台風や豪雨の襲来に備え「いつ」「誰が」「何をするか」を時系列に沿って決めるものだが、浸水は、気象情報により数日前~数時間前に予測ができる進行型の災害という特徴がある。それゆえ、予期せず発生する地震などと違い「台風襲来の○時間前には○○を準備する」といった対応ができ、その有効性も高い。長年、リスクマネジメントを担ってきたERSの知見を生かし、実効性の高いタイムラインの策定支援を行うという。

「対策工事」では、「次の台風シーズンまでに完了」といった工期の要望にこたえるため、例えば設計が完了したものから順次施工し短縮を図る方式を導入したり、24時間稼働する工場の操業を止めずに工事を完了させたりするなど、さまざまな要望に対応する。

対策の効果を維持するための「運用支援」では、グループ会社で、全国で2800棟以上の建物の維持管理を行う鹿島建物総合管理(東京都新宿区)が、BCP訓練の企画運営の実績を生かし、水防訓練の実施を支援。また、策定されたタイムラインの改定はERSが支援する。鹿島技術研究所BCP・リスクマネジメントチームの高井剛リーダーは「毎年の訓練などを通じて問題点を見直し、最初に決めたものからどんどん改善していくことが重要となる」と話す。

前出の弘前航空電子の橋本恒男社長は「止水壁というハード面のみならず、実際の洪水を想定した止水扉や排水バルブの閉鎖手順などソフト面での指導もいただいた」と話し、サービスを依頼した側からも高く評価されていることが分かる。

このほか、リスクヘッジという観点からは、設備の損傷や休業などを補償する保険に加入することで、より強固な対策となる。

防災と自社BCPの伝統

鹿島が水害BCPの支援サービスを提供することになったのは、近年の地球温暖化の影響で水害が激甚化・頻発化する傾向にあり、BCPの必要性がより高まっていることから、その社会的ニーズにこたえるためグループ一丸で取り組むべきだとの考えに基づく。

1時間に50ミリ以上の豪雨の回数は、統計を取り始めた昭和51年~60年の10年間は226回だったのに対し、平成25年~令和4年の10年間では328回と約1.5倍に増えている(※1)。回数だけでなく被害の規模も大きくなり、平成30年の西日本豪雨では統計開始以来最大となる1兆2150億円の被害額を記録(※2)、水害対策への関心が高まった。

鹿島は霞が関ビルディング(東京都千代田区)を皮切りに世界貿易センタービル(同港区)、新宿三井ビル(同新宿区)などの超高層ビルを耐震建築で完成させるなど、防災・減災に力を入れてきた。また、総合建設業という領域ゆえ、非常時には顧客のもとへ駆けつけ、国から復旧支援の要請があった際などにも対応できるよう、自社のBCPを強化し続けてきた歴史を持つ。

さらにゼネコンでトップレベルの高性能コンピューターが、災害のシミュレーションなどで威力を発揮する。前出の内水氾濫についても、鹿島技術研究所サスティナブルソサエティラボの岩前伸幸主任研究員によると「内水氾濫についてハザードマップとして公表している自治体がまだ少ない」というなか、そのシミュレーションが行えるのも、高い専門性を持つ人材と高度な技術が両輪となって研究が行われていることによる。

高井氏は「提供するサービスが完璧なものだとは思っていない」としたうえで「技術力を高めるとともに、多様な要望にこたえ費用対効果が最大となるサービスが提供できるよう今後も努力を重ねたい」と話す。

鹿島グループ一丸で水害BCPの支援を行い、社会的ニーズにこたえる=東京都調布市の鹿島技術研究所西調布実験場内の「BCPルーム」
鹿島グループ一丸で水害BCPの支援を行い、社会的ニーズにこたえる=東京都調布市の鹿島技術研究所西調布実験場内の「BCPルーム」

そして何より鹿島の技術研究所、設計部門、実際の施工などにあたる現業部門、営業部門に加え、ERSや鹿島建物総合管理といったグループが一丸となった取り組みだからこそ、これまでにない、リスク把握から実際の対策、その効果を維持するための運用支援まで一貫したサービスの提供を実現できたのだろう。

提供:鹿島建設

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