小林繁伝

「遺訓」と「憲章」…2つの教えに背いた巨人 虎番疾風録其の四(191)

巨人オーナーの正力松太郎氏
巨人オーナーの正力松太郎氏

巨人の〝暴挙〟は巨人関係者の中でも大きな批判を呼んだ。

「わたしはドラフト制度には反対の立場だが、それと今度の問題は根本的に違う」と真っ先に声を上げたのが川上前監督だった。

「いったん全球団が納得して決めた協約は守らなければならない。野球そのものが、ルールの中で勝敗を争うスポーツ。巨人のやり方はアンフェアです」

口をつぐんだ長嶋監督もきっと同じ気持ちだったのだろう。

巨人には『大正力の遺訓』と『巨人軍憲章』というものがある。ときおり2つは「同じもの」かのようにいわれるが実際は違う。

「遺訓」は昭和44年10月9日に亡くなった正力松太郎が生前、事あるごとに語っていた言葉。

「巨人軍は常に強くあれ」

「巨人軍は常に紳士たれ」

「巨人軍はアメリカ野球に追いつけ、そして追い越せ」

「巨人軍憲章」とはその精神を基に球団が定めた、巨人軍選手としての指針である。

『東京読売巨人軍のわれらは、名誉あるユニホームを何よりも誇りとする―。それは、チームの伝統と歴史の神聖な象徴であるからだ』

『東京読売巨人軍のわれらは、最高の肉体的コンディションを保ち、精神の錬磨につとめる―。それは、フェアプレーおよびスポーツマンシップを通じて、健全なプロ野球の高度の技術を大衆に公開する義務があるからだ』

『東京読売巨人軍のわれらは、日本プロフェッショナル野球協約、セントラル野球連盟およびチームの諸規則をきびしく守る―。それは、公私にわたる生活と行動を正す道であり、ユニホームの栄光を汚さぬ良心の鏡であるからだ』

川崎市のジャイアンツ寮に入寮した新人選手たちは、今でもこの「遺訓」と「憲章」を自室に貼り、毎朝音読することを義務づけられている。日々向き合うことで、伝統に根付いた責任感を植え付ける事が狙いだ。

小林もそうした選手生活を送った。

「入団したときからこの遺訓をたたき込まれた。先輩たちから耳にタコができるほどね。だから骨の髄までしみ込んでいる。どんなに苦しいことも、この遺訓を思い出せば耐えられた」

今回の暴挙はその遺訓の『巨人軍は紳士』に背き、憲章の3条にも…。

小林が「巨人は必ず拳をおろす」と信じた理由である。(敬称略)

■小林繁伝192

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