日本の未来を考える

東京大名誉教授 伊藤元重 何が金融危機を招くのか

伊藤元重氏
伊藤元重氏

金融危機は突然やってくる。今回は米シリコンバレー銀行(SVB)の預金取り付け騒ぎから始まった。この事例だけなら、ベンチャー関連の特殊な金融機関の危機ということで片付いたかもしれないが、それに続いて欧州でスイスの金融大手クレディ・スイスの経営危機が浮上した。クレディ・スイスは、同じくスイス金融大手のUBSに買収されることになり、こうした動きを受けて、世界的に金融機関の株価が低落している。

銀行のシステムは突然破局を迎えることがある。昨年のノーベル経済学賞は、銀行の危機への脆弱(ぜいじゃく)性を明確に示した研究に授与されたが、今回はそれを現実に突きつけられたといえる。

銀行は預金者から資金を預かり、それをリスク資産に投資するが、預金者が銀行に信頼を寄せているかぎり、こうした行為には全く問題がない。投資先が分散していれば、リスクの一部が顕在化しても、他の投資の収益でカバーできるからだ。問題は、銀行が預金者の信頼を失い、預金者が預金を引き出そうとするときだ。もちろん、そういう人がごく一部ならば問題ないが、多くの人が一斉に預金を引き出せば、銀行の資金は底をつく。そうなれば、平時に健全な経営をしている銀行でも、破綻の道を歩むことになる。

経済学では、これを「良い均衡」と「悪い均衡」の複数均衡の存在と呼ぶ。銀行の置かれている状況は平時では良い均衡であるが、何かのきっかけで突然悪い均衡になることがある。悪い均衡では預金取り付けが起き、金融市場は大混乱となる。

今回は米国やスイスで、良い均衡から悪い均衡への変化が起きた。その背景にあることが重要だ。世界の金融市場は少し前まで過度に緩和状況にあった。資金が潤沢にあるベンチャー企業の預金が多く入っていたSVBの場合、最近の米国の金利引き締めによってベンチャーの資金が縮小し、SVBの預金からも引き出しが起き、取り付け騒ぎにまで発展したようだ。クレディ・スイスは経営の不振が続いても、これまでは超金融緩和の市場の中で深刻な資金流出が起きることはなかった。ただ、欧州でもインフレ対策の中で金融の引き締めが続き、クレディ・スイスの経営に厳しい見方が広がり、資金の流出が起きた。

過剰な金融緩和の修正の過程で金融市場で取り付けや資金の流出が起きるリスクは、日本にも存在する。平時では健全に機能しているように見える銀行でも、市場の環境が大きく変われば、あっという間に悪い均衡にシフトする。SVBやクレディ・スイスの事例の教訓は、過去10年以上の過剰な金融緩和状況が、銀行の経営の潜在的なリスクを高めていたということだ。日本では諸外国と比べてもさらに過剰な金融緩和が行われてきた。金融機関が潜在的なリスクを膨らませているという面はあるだろう。今後の日本銀行の政策の変化の影響が気になるところだ。日銀は慎重に金融政策の正常化を行うだろうが、正常化のスピードが速すぎても遅すぎても困る。手綱捌(さば)きが問われる。(いとう もとしげ)

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